都道府県から日本を散歩する
熊本県
くまもとけん
熊本県は九州の中央部に位置し、県庁所在地は熊本市です。東には阿蘇の火山地形と九州山地、西には有明海と八代海、天草諸島が広がります。白川、緑川、菊池川、球磨川が山地から平野と海へ流れ、阿蘇の外輪山の内側には広いカルデラが形成されています。湧水の道、火山の草原、川沿いの堤、島の港を歩くと、火と水と海が県内の暮らしを分けながら結んできたことがわかります。
古代には肥後国が置かれ、装飾古墳、国府跡、寺院、条里の痕跡が残ります。菊池川流域の古墳群や山鹿の史跡を歩くと、川と平野が古代の集落と交通を支えたことが見えてきます。阿蘇神社と火山信仰、球磨の寺社、天草の海上交通も、山と海の地形に合わせて育ちました。中世には菊池氏、阿蘇氏、相良氏などが谷や盆地に拠点を築き、城館と街道を結びました。
近世には加藤氏、細川氏の熊本藩、人吉藩などが城下町、用水、農地を整えました。熊本城の石垣、城下の町割り、白川と坪井川の流れを歩くと、防御と治水が一体で考えられていたことがわかります。通潤橋をはじめとする石橋と水路は、高低差のある台地へ水を送る工夫を伝えます。天草ではキリスト教の受容と禁教、島原・天草一揆に関わる歴史があり、教会、寺社、墓地、集落に複雑な記憶が残ります。
2016年の熊本地震は城、集落、道路、山地に大きな被害をもたらしました。修復が進む石垣や社寺、地表に現れた断層を歩くと、文化財と日常の暮らしを支えることの重さが見えてきます。阿蘇では草原を維持する野焼きと放牧、球磨では林業と球磨焼酎、沿岸では海苔、真珠、柑橘、漁業が続きます。馬刺し、辛子れんこん、だご汁、いきなり団子などの食にも平野、山、保存の知恵が重なります。
熊本県を歩くなら、城下から湧水へ、阿蘇の草原から火口を望む道へ、球磨川の町から山の寺社へ、天草の港から島の集落へと足をつなぐとよいでしょう。火山灰の土、石橋の水音、海峡の潮、修復中の石垣を一つずつ確かめると、自然の力を避けるだけでなく使いながら暮らしてきた時間が見えてきます。道端の水神、石垣、草原の輪地、港の祠に目を留めると、火山、川、海、信仰が重なった土地として静かに立ち上がります。
菊池渓谷や阿蘇の湧水地では山に降った水が平野へ現れ、八代海と有明海では干潟と潮が沿岸の仕事を支えます。火山を見る道と水を追う道を続けて歩くと、県の風景が地下の水脈でも結ばれていることがわかります。
郷土料理・ご当地グルメ
この地域で親しまれている味を21件紹介します。いきなり団子
輪切りにしたさつまいもを小麦粉の生地で包み、蒸し上げて作る熊本県の郷土菓子です。名称は熊本弁で「簡単・手早く・すぐに」を意味し、短時間で作れて急な来客にも出せることに由来します。さつまいも栽培が盛んな地域で、農作業の合間のおやつとして親しまれてきました。かつては小麦粉の生地だけで包みましたが、現在は小豆あんを加えるものが主流となり、ヨモギや紫芋を生地に使うなど作り方にも幅があります。
あか牛丼
焼いた熊本県産の褐毛和種「あか牛」を薄く切ってご飯へ盛り、たれ、温泉卵、野菜、薬味などを合わせる阿蘇地域のご当地丼です。地域の畜産と観光を結び付ける料理として飲食店で広まりました。肉の部位と火入れ、たれ、卵、野菜、盛り付けは店舗によって異なり、統一した一つのレシピではありません。
からし蓮根
れんこんの穴に和からしと麦味噌を合わせた辛子味噌を詰め、小麦粉や卵黄で作る黄色い衣を付けて油で揚げた郷土料理です。寛永9年、病弱だった肥後藩主・細川忠利のために考案されたと伝わります。輪切りの断面が細川家の「九曜紋」に似ていたことから、明治維新までは門外不出とされたともいわれます。辛子味噌の辛味とれんこんの歯ごたえが特徴で、現在は正月料理や酒肴として県内で食べられています。
だご汁
小麦粉や米粉を水で練ってちぎった団子を、里芋、ごぼう、人参などの根菜と一緒に煮込み、味噌や醤油で味を付ける汁物です。腹持ちがよく、農作業の合間に食べる日常食として県内各地に広まりました。地域によって団子の形や具材が異なり、熊本市周辺ではさつまいもを包んだ団子を入れる例があり、阿蘇地域では平たく長い麺状の団子も使われます。各地の農産物や家庭の作り方を反映した料理として受け継がれています。
馬刺し
薄切りにした馬肉を、甘みのある醤油と、おろしにんにくや生姜などの薬味で食べる熊本県を代表する料理です。朝鮮出兵の際、加藤清正が食糧難をしのぐために馬肉を食べ、その後領内へ広まったという説が伝わります。赤身のほか、脂が入った部位やたてがみなども食され、部位によって食感や風味が異なります。県内では専門店や飲食店で提供されるほか、祝いの席や家庭の食事、酒肴としても親しまれています。山梨県の馬刺しが赤身を中心にしょうがやにんにくを添えるのに対し、熊本県では赤身に加えて脂の入った部位やたてがみも食べ、甘みのある醤油を合わせます。
一文字のぐるぐる
熊本で「一文字」と呼ばれる小ねぎを使った郷土料理です。さっと茹でて冷水に取った一文字の根元を軸にし、葉の部分を巻き付けて形を整えます。辛子酢味噌などを添えて食べるのが一般的で、ねぎの食感と辛子酢味噌の風味を組み合わせます。江戸時代、肥後藩主・細川重賢の時代に出された倹約令を背景に、身近な食材で作る酒肴や惣菜として広まったと伝わり、現在も家庭や飲食店で提供されています。
太平燕
春雨を麺の代わりに使う、熊本県で定着した中華料理です。中国福建省で祝いの席に食べられていたスープ料理が、華僑を通じて熊本へ伝わり、地域で入手しやすい食材を使う麺料理へ変化したとされています。鶏ガラや豚骨などのスープに、豚肉、エビなどの魚介、白菜やきくらげなどの野菜を加え、春雨と煮込みます。揚げたゆで卵を添えるのも特徴で、県内の中華料理店や家庭、学校給食で食べられています。
熊本ラーメン 熊本市
豚骨を中心に取った白濁したスープへ中華麺を合わせ、チャーシュー、きくらげ、ねぎ、焦がしにんにくや香味油などを載せる熊本市のラーメンです。戦後、九州北部から伝わった豚骨ラーメンが熊本で独自に発達しました。スープ、麺、にんにくの使い方、具材は店舗によって異なります。
豆腐の味噌漬け 八代市
八代市の五家荘など、山間部に伝わる豆腐の保存食です。水分を抜いた固めの豆腐を布などで包み、麦味噌を中心とした味噌床へ長期間漬けて熟成させます。源平合戦に敗れた平家の落人が、山中で豆腐を保存するために作り始めたという伝承があります。漬け込むことで豆腐の水分が抜け、やわらかくまとまりのある食感と味噌の風味が加わります。山間部で大豆のたんぱく質を長く保存する方法として受け継がれ、ご飯や酒肴に使われています。
つぼん汁 人吉市
人吉市を含む球磨地域に伝わる、根菜や鶏肉などを入れた澄まし汁です。秋の収穫を祝う席で作られ、深い壺に盛り付けたことからこの名が付いたとされています。ごぼう、人参、大根、里芋などの根菜と、鶏肉やかまぼこを小さく切って煮込み、醤油で味を整えます。青井阿蘇神社の「おくんち祭り」では赤飯や煮しめとともに供され、現在も正月や祝い事など、人が集まる席の料理として地域で受け継がれています。
玉名ラーメン 玉名市
豚骨を炊いたスープへ中細の中華麺を合わせ、チャーシュー、ねぎ、のり、きくらげなどを載せ、焦がしにんにくを添える玉名市のラーメンです。戦後、九州北部の豚骨ラーメンが鉄道沿線を通じて地域へ伝わり、独自に定着したとされています。スープ、麺、にんにく、具材は店舗によって異なります。
ぶたあえ 上天草市 天草市 苓北町
天草地域で食べられている、タコと野菜を味噌で炒める郷土料理です。料理名に「ぶた」とありますが、豚肉は使いません。琉球から豚肉とニガウリなどを炒める料理が伝わったものの、当時の天草では豚肉が貴重だったため、地域で獲れるタコを代わりに使ったことが始まりとされています。茹でたタコと、なすやゴーヤなどの野菜を炒めて味噌で調味し、海産物と畑の野菜を組み合わせる家庭料理として受け継がれています。
こっぱもち 上天草市 天草市 苓北町
天草地域に伝わる、乾燥させたさつまいもともち米で作る餅菓子です。傾斜地が多く水が少ない天草では米作りが難しく、さつまいもが重要な作物となりました。薄切りにして茹でたさつまいもを天日で乾燥させたものを「こっぱ」と呼び、水で戻して少量の蒸したもち米と一緒について作ります。貴重な米の使用量を抑えながら保存した芋を利用する方法として生まれ、そのまま食べるほか、切って焼いて食べることもあります。
がね揚げ 上天草市 天草市 苓北町
天草地域などで作られる、細切りのさつまいもを衣でまとめて揚げた郷土料理です。揚げた姿がカニの足のように見えることから、地域でカニを意味する「がね」の名が付いたとされています。天草では衣に生姜を加える作り方があり、かつては椿やさざんかの実から搾った油を使うこともありました。仏事で魚を使わない際の精進料理や、収穫したさつまいもを使う家庭のおやつとして作られ、地域の集まりでも食べられています。
阿蘇高菜漬け 阿蘇市 南小国町 小国町 産山村 高森町 西原村 南阿蘇村
阿蘇地域の寒冷な気候と火山灰土壌で栽培される阿蘇高菜を使った漬物です。茎が細く歯ごたえがあり、春の限られた時期に手で折って収穫されます。少なめの塩で漬ける緑色の「新漬け」と、多めの塩で漬け込み発酵させるべっこう色の「古漬け」があります。保存食として作られてきたもので、そのままご飯に添えるほか、細かく刻んで油炒めや高菜飯などにも利用され、阿蘇地域の家庭で受け継がれています。
赤ど漬け 阿蘇市
阿蘇市周辺で栽培される「赤ど芋」と呼ばれるサトイモの一種の茎を漬け込んだ保存食です。漬けることで茎全体が赤くなり、歯ごたえのある食感に仕上がります。生姜醤油を添えて食べることが多く、赤い見た目と食べ方から地域では「畑の馬刺し」とも呼ばれます。阿蘇高菜漬けと同様に、収穫した農産物を冬まで保存して利用する知恵から生まれた料理で、阿蘇地域の食卓や郷土料理として受け継がれています。
阿蘇あか牛肉料理 阿蘇市 南小国町 小国町 産山村 高森町 西原村 南阿蘇村
阿蘇地域の草原で放牧される褐毛和種「あか牛」を使った料理の総称です。あか牛は赤身の割合が多い肉質を持ち、阿蘇地域の認定店などでステーキ、焼肉、丼などに調理されます。阿蘇の草原は、野焼きや採草、放牧といった人々の営みによって維持され、あか牛の飼育もその循環の一部となっています。地域の畜産物を活用し、草原環境と農業の関係を伝える食文化ですが、単一の料理名ではないため公開候補としては保留します。
せんだご汁 天草市
天草市河浦町などに伝わる、じゃがいもから作る団子を入れた汁物です。「せん」は、すりおろしたじゃがいもから分けた繊維とでんぷんを指し、これらを合わせて丸い団子にします。河浦町に建てられた孤児院で、宣教師のフェリエ神父が子どもたちに食べさせたことが始まりと伝わります。団子を、わかめなどの海藻や季節の野菜と一緒に煮込みます。地域で入手できるじゃがいもと海産物を利用した家庭料理として受け継がれています。
たこ飯 天草市
天草市有明町など、タコ漁が行われる地域で作られる炊き込みご飯です。水揚げしたタコを足を広げた状態で潮風に干し、乾燥させた干しダコを細かく刻んで使います。干しダコを水で戻し、戻し汁とともに米へ加えて炊くことで、ご飯にタコの風味が移り、色も赤みを帯びます。冷蔵設備がなかった時代に海産物を保存して利用する方法から生まれた料理で、天草地域の家庭料理や地域の特産料理として受け継がれています。
南関あげ 南関町
南関町に江戸時代から伝わる、乾燥させた油揚げです。島原の乱の後、伊予松山地方から移り住んだ人々が製法を伝えたとされています。豆腐を薄く切って水分を抜き、二度揚げすることで常温でも長く保存できるように作られます。大きいものは20センチ角ほどあり、汁物や煮物に入れるとだしを吸うのが特徴です。甘辛く煮た南関あげで酢飯を巻く「南関あげ巻き寿司」も、地域の家庭料理や行事食として作られています。
南関そうめん 南関町
南関町で250年以上にわたり作られてきた、手延べ製法のそうめんです。江戸時代には、肥後藩主が参勤交代の際に将軍家へ献上したと伝わります。生地を手作業で細く延ばす製法によって、茹でた後も歯ごたえが残る麺に仕上げられます。明治中期の最盛期には町内に200を超える製麺所があったとされます。現在も南関町の製麺所で伝統的な工程が継承され、夏の冷たいそうめんのほか、温かい汁物などにも使われています。