都道府県から日本を散歩する
福島県
ふくしまけん
福島県は東北地方の南端に位置し、県庁所在地は福島市です。南北に延びる奥羽山脈と阿武隈高地によって、会津、中通り、浜通りの三つの地域に分かれています。西には盆地と山地、中央には阿武隈川沿いの平野、東には太平洋岸があり、同じ県内でも雪、風、作物、家のつくりが変わります。猪苗代湖、磐梯山、阿武隈川、阿武隈高地、太平洋を地図上で結ぶと、山と海の間に複数の生活圏が並んでいることがわかります。歩くときは、城下町の水路、奥州街道や会津西街道の旧道、盆地の果樹畑、浜へ下る道、海岸の防潮堤を別々の風景として見るのではなく、人と物が山を越えて行き来した道として考えると土地のつながりが見えてきます。
福島県域には旧石器時代から人の暮らしがあり、縄文時代の和台遺跡をはじめ多くの遺跡が残っています。古代には白河関周辺が東北への入口となり、郡衙や寺院が置かれました。中世には奥州藤原氏と鎌倉軍の戦いに関わる阿津賀志山防塁が築かれ、その後は伊達、相馬、葦名、岩城などの勢力が地域ごとに拠点を持ちました。
近世には会津、福島、白河、二本松、三春、相馬など複数の藩領が並び、城下町、宿場、街道、関所が整えられました。大内宿では南山街道に沿って茅葺の家々が道へ妻面を向け、宿場町の配置を今に伝えています。会津の城下では堀や武家地、寺町、用水が残り、奥州街道沿いでは宿場の曲がりや古い屋号に旅人の道が見えます。幕末の戊辰戦争では県内各地が戦場となり、城跡、墓地、慰霊碑、旧藩校などにその記憶が残りました。明治以降は製糸、養蚕、石炭、電力、鉄道などが地域の産業を変えました。浜通りの炭鉱跡や内陸の水力発電施設、旧駅舎や倉庫を歩くと、農村と工業が同時に進んだ近代の姿が見えてきます。
食と手仕事も三地域で異なります。中通りでは果樹と野菜、会津では米、そば、山菜、漆器、木綿、焼物、浜通りでは魚介、海藻、塩に関わる食が育ちました。こづゆ、にしんの山椒漬け、いかにんじん、凍み餅などには、季節と保存の工夫があります。市場や酒蔵、漆器店、街道沿いの商店を歩けば、山と海の違いが品物の並びとして現れます。
2011年の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故は、福島県の暮らしと風景を大きく変えました。沿岸部には津波の記憶を伝える施設、かさ上げされた土地、新しい道路、帰還や移転の判断が続く地域があります。ここを歩くときは、再整備された景観だけでなく、立入制限の歴史、避難した人々の時間、失われた集落や仕事を想像する必要があります。
福島県を一つの印象でまとめることはできません。山間の宿場、城下の水路、果樹畑、湖畔、炭鉱跡、海岸の伝承施設をそれぞれ歩き、異なる地域の時間をつなぐことで、県の輪郭が少しずつ見えてきます。
郷土料理・ご当地グルメ
この地域で親しまれている味を20件紹介します。こづゆ
干し貝柱のだしで、里芋、にんじん、きくらげ、わらび、豆麩、糸こんにゃくなどを煮る会津地方の汁物です。会津塗の浅い椀「手塩皿」へ盛り、正月、婚礼、冠婚葬祭などのハレの日に客をもてなす料理として作られてきました。具材は縁起を担いで七種類や九種類などの奇数にする場合があります。具材、だし、味付けは地域や家庭によって異なります。
凍み餅
もち米へよもぎなどを混ぜて搗いた餅を水へ浸し、冬の屋外へつるすか並べ、凍結と解凍、乾燥を繰り返して作る福島県中通り地方などの保存食品です。阿武隈山地の寒さと乾燥した風を利用し、農家が餅を長期間保存する方法として作ってきました。食べる際は水へ戻し、焼く、煮る、油で揚げるなどします。餅へ混ぜる材料、形、乾燥期間は地域や家庭によって異なります。
にしんの山椒漬け
乾燥させた身欠きにしんを米のとぎ汁などで戻し、山椒の若葉と交互に重ね、醤油、酢、酒などを合わせた調味液へ漬ける会津地方の保存食です。海から離れた地域で運びやすい乾物のにしんを利用し、春に採れる山椒の葉と組み合わせて保存しました。専用のにしん鉢を使う家庭もあります。にしんの戻し方、山椒の量、調味液、漬ける期間は家庭によって異なります。
いかにんじん 福島市
細切りにしたするめとにんじんを、醤油、砂糖、みりん、酒などを合わせた調味液へ漬ける福島市周辺の料理です。冬に入手しやすい保存食のするめとにんじんを使い、正月料理や日常の惣菜として作られてきました。するめのうま味が調味液とにんじんへ移り、ご飯のおかずや酒肴として食べられます。切り方、甘さ、漬け時間は家庭によって異なります。
円盤餃子 福島市
餃子をフライパンへ放射状に並べて焼き、丸い皿へ円盤のように盛り付ける福島市の料理です。戦後、市内の飲食店で提供された餃子が広まり、昭和28年創業の店が現在の形式の元祖とされています。多いものでは数十個を一度に焼き、皮、餡、焼き加減、羽根の有無は店舗によって異なります。市内の専門店や飲食店で親しまれています。
会津ソースカツ丼 会津若松市
温かいご飯へ千切りキャベツを敷き、揚げた豚カツを甘辛いソースへくぐらせて載せる、会津若松市を中心とした会津地方の丼料理です。会津でカツ丼といえばソース味を指すほど地域へ定着し、起源には複数の説があります。カツをソースへ浸す形式のほか、ソースで煮込む形式もあり、肉の厚さ、衣、ソース、盛り付けは店舗によって異なります。
ぼうたら煮 会津若松市
乾燥させた棒鱈を数日かけて水で戻し、醤油、砂糖、酒、みりんなどを合わせた煮汁で、身がやわらかくなるまで長時間煮る会津若松市周辺の料理です。海から離れた会津へ運ばれた保存魚を利用し、正月や祭り、冠婚葬祭などの行事食として作られてきました。下ゆでして臭みを除く場合もあります。戻す期間、煮汁の甘さ、煮込む時間は家庭によって異なります。
クリームボックス 郡山市
厚めに切った小型の食パンへ、牛乳、練乳、砂糖、バターなどを使った白いクリームを塗る郡山市のご当地パンです。昭和期に市内のパン店で考案され、学校の購買や地域のパン店を通じて定着しました。焼かずにクリームを塗るものや、パンとともに軽く焼くものがあります。クリームの材料、甘さ、食パンの厚さ、形は店舗によって異なり、一つに統一されたレシピではありません。
鯉の甘露煮 郡山市
輪切りにした鯉を、醤油、砂糖、水あめ、酒などを合わせた煮汁で、骨がやわらかくなるまで長時間煮る郡山市周辺の料理です。海から離れた内陸部で、養殖した鯉を祝い事や来客時に使う食文化が発達しました。濃い味付けで保存性を高め、ご飯のおかずや酒肴として食べます。鯉の大きさ、下処理、煮汁の甘さ、煮込む時間は家庭や製造者によって異なります。
あんこうのどぶ汁 いわき市
アンコウの肝を鍋で炒り、味噌を加えた後、身、皮、胃などの部位と野菜を入れ、基本的に水を使わず、食材から出る水分で煮るいわき市の料理です。漁師が船上で限られた水と調理器具を使って作った料理が起源とされています。肝と魚のうま味が溶けた濃い汁を特徴とします。
サンマのポーポー焼き いわき市
サンマの身を細かくたたき、味噌、ねぎ、しょうがなどを混ぜ、平たい形へ整えて焼くいわき市の漁師料理です。サンマを船上で炭火焼きにした際、脂が落ちて炎が勢いよく立った様子を「ポーポー」と表したことが名称の由来とする説があります。大葉で包んで焼く場合や、骨を細かくして加える場合もあります。味噌、薬味、形、焼き方は家庭によって異なります。
サンマのみりん干し いわき市
開いて骨や内臓を除いたサンマを、醤油、砂糖、みりん、ごまなどを合わせた調味液へ漬け、乾燥させるいわき市小名浜発祥の水産加工品です。昭和期、それまでイワシが中心だったみりん干しへサンマを利用する製法が考案され、地域の加工業へ広まりました。食べる際は表面を焦がさないよう焼きます。調味液、乾燥時間、ごまの使用は製造者によって異なります。
メヒカリの唐揚げ いわき市
メヒカリの頭や内臓を除くか、下処理した魚を丸ごと使い、小麦粉や片栗粉をまぶして油で揚げるいわき市の料理です。メヒカリはアオメエソ類の深海魚で、いわき市の魚に指定され、地域の水産物として飲食店や家庭で利用されています。骨がやわらかい小型魚は丸ごと食べる場合もあります。宮崎県のメヒカリの唐揚げが延岡市の北浦沖など日向灘の水産文化に結び付くのに対し、福島県ではいわき市の魚に指定されたメヒカリを使う料理として定着しています。
喜多方ラーメン 喜多方市
平たく太い縮れ麺を、醤油味を中心とするスープへ入れ、チャーシュー、ねぎ、メンマなどを載せる喜多方市のご当地ラーメンです。麺は水分を多く含む多加水麺が一般的で、縮れによってスープが絡みます。市内の食堂やラーメン店で朝から提供する店もあり、地域の食文化として定着しています。スープは煮干し、豚骨、鶏がらなどが使われ、麺、だし、具材は店舗によって異なります。
ほっきめし 相馬市
ホッキ貝を殻から外して下処理し、醤油、酒、砂糖などで短時間煮た後、その煮汁で米を炊き、仕上げに身を戻す相馬市の料理です。松川浦周辺で水揚げされるホッキ貝を利用し、漁期の家庭料理や飲食店の料理として作られてきました。貝を長時間加熱せず、身の食感を残す方法が用いられます。だし、調味料、身を加える時期は家庭や店舗によって異なります。
たむら八彩カレー 田村市
田村市産の野菜、きのこ、豆類などの農産物を八種類以上使い、カレーソースやご飯と組み合わせる田村市のご当地料理です。「八彩」は八種類以上の地域食材と、盛り付けの彩りを表しています。地域の農産物を飲食店で活用する取り組みとして展開され、季節によって使う材料が変わります。共通する一つのレシピではなく、農産物の種類、辛さ、調理方法は提供店によって異なります。
しんごろう 下郷町 南会津町
炊いたうるち米を半搗きにして丸め、竹串へ刺し、えごまをすりつぶして味噌、砂糖などと合わせた「じゅうねん味噌」を塗り、炭火などで焼く会津地方の料理です。下郷町や南会津町で、秋の収穫後や農作業の区切りに作られてきました。名称は新五郎という人物に由来するなどの伝承があります。米の搗き方、形、味噌の甘さ、焼き加減は地域や家庭によって異なります。
みそかんぷら 古殿町
小粒のじゃがいもを皮付きのままゆでるか油で炒め、味噌、砂糖、みりんなどを合わせた甘辛いたれを絡める古殿町周辺の料理です。「かんぷら」は地域でじゃがいもを指す言葉とされています。大きく育たなかった小芋を無駄なく利用する農家料理として作られ、ご飯のおかずや間食に食べられてきました。じゃがいもの加熱方法、味噌、砂糖、油の量は家庭によって異なります。
三角油揚げ 三春町
豆腐を三角形に切り、水分を抜いて油で揚げる三春町の加工食品です。一般的な薄い油揚げより肉厚に作られ、三春城の別名である舞鶴城にちなみ、鶴が翼を広げた姿を表した形とする説があります。炭火や網で焼いて、ねぎ、味噌、醤油などを添える「ほうろく焼き」などに利用されます。豆腐の厚さ、揚げ方、焼き方、添える調味料は製造者や店舗によって異なります。
なみえ焼そば 浪江町
極太の中華麺をラードなどで炒め、豚肉ともやしを加え、濃いめのソースで味付けする浪江町の焼きそばです。昭和期に、労働者が少ない量でも満腹になれる料理として地域の飲食店で提供されたとされています。具材を豚肉ともやしに絞り、太い麺を使うことが代表的な形式です。食べる際に一味唐辛子を振る場合もあり、ソース、麺の太さ、焼き方は店舗によって異なります。