都道府県から日本を散歩する
兵庫県
ひょうごけん
兵庫県は近畿地方の西部に位置し、県庁所在地は神戸市です。南は瀬戸内海、北は日本海に面し、中央には中国山地が横たわります。淡路島を含み、播磨、但馬、丹波、摂津、淡路という歴史的に異なる地域が一つの県を形づくります。海岸の港町、山間の峠、平野の用水、島の段丘を歩くと、同じ県内でも風、屋根、道の幅が変わることがわかります。
古代には山陽道と山陰道が通り、瀬戸内海航路と日本海航路が人と物を運びました。播磨国風土記に記された土地、古墳、国府、寺院跡が各地に残ります。淡路島は朝廷へ食材を納める御食国として知られ、海峡の交通と漁業が暮らしを支えました。中世には港、荘園、山城が発達し、海上勢力と武士が道と湾をめぐって活動しました。城跡や古道を歩くと、山地を越える道と海峡を渡る道が県域を結んでいたことが見えてきます。
近世には姫路城をはじめ複数の城下町、宿場、港町が整えられました。姫路城の石垣と城下の町割り、出石の城下、赤穂の塩田跡、篠山の町並みを歩くと、藩ごとに異なる土地利用が残ります。北前船が寄港した日本海側の港、瀬戸内海の廻船、灘の酒造は、米、塩、木材、酒、魚を広く運びました。酒蔵の白壁、港の石垣、古い倉庫には海運の時間が刻まれています。
明治以降、神戸港の開港は外国人居留地、鉄道、造船、貿易を広げました。洋館、倉庫、工場、坂道を歩くと、港と山に挟まれた地形の中へ近代都市が組み込まれたことがわかります。1995年の兵庫県南部地震は大きな被害をもたらし、復旧された街路や保存された遺構が災害の記憶を伝えます。北部では但馬牛、養蚕、杞柳細工、温泉、山村の農林業が続き、淡路では漁業、玉ねぎ、線香などが島の暮らしと結びつきます。
兵庫県を歩くなら、瀬戸内海側の港から城下へ、日本海側の漁村から峠へ、淡路島の海岸から段丘の畑へと、地域ごとに道を分けて歩くとよいでしょう。灘の酒蔵、丹波の窯場、播州織の町、豊岡の鞄づくりなどの手仕事も、川、土、繊維、海運の背景を知ると違って見えます。海を二つ持つ県だからこそ、潮の匂いが変わる場所、山を越えて屋根の形が変わる場所に立つと、五つの地域が道によって一つに結ばれてきたことが静かに見えてきます。
六甲山地を越える道、円山川沿いの道、淡路島の尾根道では、同じ距離でも風景の切り替わり方が異なります。橋や鉄道ができる以前の渡しと峠を意識すると、現在の県域が海と山を越える移動によって結ばれたことが見えてきます。
郷土料理・ご当地グルメ
この地域で親しまれている味を22件紹介します。イカナゴのくぎ煮
生のイカナゴの稚魚を、醤油、砂糖、しょうがなどで煮詰める瀬戸内海沿岸の佃煮です。煮上がった魚が曲がった古い釘のように見えることから「くぎ煮」と呼ばれます。兵庫県では播磨、摂津、淡路の沿岸地域で作られ、神戸発祥とする説があります。新子漁の時期である春に家庭で炊き、知人や離れて暮らす親族へ届ける習慣も定着しました。実山椒、唐辛子、ゆずなどを加える家庭ごとの作り方もあります。
ばち汁
手延べそうめんを延ばして乾燥させる際に生じる、三味線のばちに似た形の切り落とし部分を汁物に使う播磨地方の料理です。この切り落としは「ばち」と呼ばれ、通常のそうめんより太く、こしと塩気があります。大根、にんじん、里芋、油揚げなどをだしで煮て、仕上げにばちを加え、味噌や薄口醤油で調えます。下ゆでせずに加える作り方もあり、播州手延べそうめんの産地の家庭や学校給食で食べられています。
粕汁
大根、にんじん、ごぼう、里芋、こんにゃく、油揚げなどをだしで煮て、酒粕と味噌を溶き入れる兵庫県の汁物です。鮭、ぶり、さばなどの魚を加える地域や家庭もあります。酒造地へ冬季に働きに出た人々が酒粕を持ち帰り、山間部で料理に使ったことが広がりの背景とされています。1月20日の二十日正月に、正月に使った魚の頭や骨をだしにして作る習慣もあり、祝いの期間を終えて日常へ戻る節目の食事とされました。
神戸味噌だれ餃子 神戸市
焼いた餃子を、味噌、酢、醤油、ラー油などを合わせたたれへ付けて食べる神戸市の食文化です。戦後、市内の中華料理店で餃子が広まる中、味噌を使う独自のたれが定着したとされています。餃子の皮と餡だけでなく、赤味噌や白味噌の配合、酢、辛さ、にんにくの量は店舗によって異なります。
神戸ビーフステーキ 神戸市
兵庫県で生まれ育った但馬牛のうち、県内の食肉処理施設で処理され、肉質などの認定基準を満たした神戸ビーフを焼くステーキです。鉄板やフライパンで牛脂を熱し、肉を塩、こしょうで調味して好みの焼き加減に仕上げ、ソースや辛子、ポン酢などを添えます。開港期に神戸港から横浜へ運ばれた但馬牛が外国人に評価され、「神戸ビーフ」の名が広まったと伝えられています。2015年には地理的表示保護制度へ登録されました。
味噌だれ餃子 神戸市
焼き餃子を、味噌を基調にしたたれにつけて食べる神戸市の料理です。たれは赤味噌や白味噌に、醤油、酢、砂糖、にんにく、ラー油などを合わせ、店ごとに配合が異なります。第二次世界大戦後、中国東北部から引き揚げた料理人が現地の食べ方をもとに提供したことが始まりとされ、神戸の中華料理店や餃子店へ広がりました。客が卓上の調味料を合わせて好みの味にする店もあり、酢醤油と併用する食べ方も見られます。
姫路おでん 姫路市
大根、卵、こんにゃく、練り物などをだしで煮たおでんに、すりおろしたしょうがを加えた醤油をかけたり、つけたりして食べる姫路市周辺の料理です。おでん自体は濃い味の関東煮でも、薄味の関西風でもよく、生姜醤油を添える食べ方によって呼び分けられています。昭和初期、姫路周辺で醤油の生産が盛んだったことと、関西で身近なしょうがを組み合わせたことが始まりとされ、家庭や飲食店で受け継がれています。
明石焼 明石市
小麦粉、じん粉、卵、だし汁を合わせた生地にタコを入れ、銅製の焼き鍋で丸く焼く明石市の料理です。地元では「玉子焼」と呼ばれ、焼き上げたものを昆布やかつお節で取った温かいだし汁につけて食べます。卵とだし汁を多く使うため生地はやわらかく、じん粉を加えることで冷めても硬くなりにくいとされます。江戸末期から明治期に始まったとする説があり、大正期には市内で広く食べられるようになりました。
たこめし 明石市 洲本市 加古川市 高砂市 南あわじ市 淡路市 稲美町 播磨町
タコを米、だし、醤油、酒、みりんなどとともに炊く、淡路島と東播磨に伝わる炊き込みご飯です。生ダコ、ゆでダコ、干しダコのいずれも使われ、干しダコは軽くあぶってから細く切る作り方があります。播磨灘では江戸時代からマダコ漁が知られ、漁の後に下ごしらえの手間が少ない料理として作られたと伝えられています。炊き上がりにしょうが、三つ葉、ねぎ、のりなどを添えるほか、家庭や地域によって調味やタコの処理が異なります。岡山県のたこめしが倉敷市下津井周辺のタコと煮汁を生かすのに対し、兵庫県では淡路島・東播磨で生ダコ、ゆでダコに加えて干しダコも用いる点に特徴があります。
ハモすき 洲本市 南あわじ市 淡路市
骨切りしたハモと淡路島産のたまねぎを、醤油やみりんなどで調えた寄せ鍋風のだしで煮る淡路島の鍋料理です。主な漁場となる沼島近海は泥質の海底で、初夏から秋にかけてハモ漁が行われます。ハモが旬を迎える時期と、島内でたまねぎを収穫する時期が重なることから、二つの食材を組み合わせた料理として定着しました。ハモの身やあらから出るだしを用い、最後にそうめんや雑炊を加える食べ方もあります。
出石皿そば 豊岡市
豊岡市出石地域で食べ継がれているそば料理で、そばを出石焼などの小皿に一人前ずつ分けて盛り、複数枚を重ねて提供します。1706年、信州上田から国替えとなった仙石氏とともにそば職人が移り、在来のそば作りと結び付いたことが始まりと伝えられています。つゆにねぎ、わさび、大根おろし、とろろ、卵などの薬味を加え、好みの組み合わせで食べます。小皿で出す現在の形式は、明治期以降に定着したとされています。
加古川かつめし 加古川市
平たい皿へご飯を盛り、牛肉または豚肉のカツを載せ、デミグラス系のたれをかけ、茹でたキャベツなどを添える加古川市の洋食です。戦後、市内の食堂で箸でも食べられる洋食として提供された料理が広まりました。カツの肉、衣、たれの甘さや濃さ、付け合わせは店舗によって異なります。
かつめし 加古川市
洋皿に盛ったご飯へ平たいビーフカツをのせ、デミグラスソース系のたれをかけ、ゆでたキャベツを添える加古川市の料理です。箸で食べる点も地域で定着した形式の一つです。戦後間もない1947年ごろ、加古川駅前の食堂で、気軽に食べられる洋食として考案されたと伝えられています。その後、市内の飲食店や家庭へ広がり、牛肉以外のカツを用いる例も生まれました。学校給食や市内イベントでも取り上げられています。
播州ラーメン 西脇市 多可町
甘みのある醤油味のスープへ中華麺を合わせ、チャーシュー、もやし、ねぎなどを載せる西脇市・多可町周辺のラーメンです。繊維産業で働く女性たちの好みに合わせ、甘めの味へ調整されたという説があります。鶏がら、豚骨、野菜などを使うだし、麺、甘さ、具材は店舗によって異なります。
西谷地区のちまき 宝塚市
宝塚市西谷地区に伝わる、米粉やもち粉の生地をナラガシワとヨシの二種類の葉で包み、蒸して作るちまきです。端午の節句に作られ、かつては猪名川や武庫川の流域にも同様の習慣が見られました。田植えを終えた時期の労をねぎらう食べ物とされ、里帰りする家族へ土産として持たせるなど、贈答にも用いられてきました。二種類の葉を組み合わせる包み方と、葉の香りを生地へ移す調理法が地域で継承されています。
鍛冶屋鍋 三木市
タコとなすを、醤油、酒、みりん、砂糖などを合わせた煮汁で煮る三木市の鍋料理です。明治から大正期に、行商人が運んだ明石沖のタコと、夏に採れるなすを鍛冶職人が鉄鍋で煮て食べたことが始まりと伝えられています。火を扱う職人の夏の食事として作られましたが、後に一時途絶え、1990年ごろから郷土料理として見直されました。現在、鍋そのものを出す飲食店はなく、道の駅みきで名称を生かしたアレンジ料理が提供されています。
高砂にくてん 高砂市
小麦粉の生地に、甘辛く煮た牛すじ肉、こんにゃく、じゃがいも、キャベツなどを重ねて焼く高砂市の料理です。家庭でおでんを食べた翌日に、残った具材を細かく刻んで使ったことが背景にあるとされています。両面を焼いてソースを塗り、半分に折ってから青のりやかつお節を添える作り方が伝えられています。名称の「にく」はすじ肉を、「てん」は天かすを指すという説があり、市内の家庭や飲食店で受け継がれています。
ぼたん鍋 丹波篠山市
猪肉を薄切りにし、白菜、ねぎ、きのこ、こんにゃくなどの季節の具材とともに、白みそと赤みそを合わせただしで煮る丹波篠山市の鍋料理です。猪肉を牡丹の花に見立てて皿へ並べる盛り付けから、この名で呼ばれるようになりました。明治期、旧篠山町の旅館が陸軍歩兵連隊の関係者へ猪肉料理を出したことが始まりとされ、当初は「いの鍋」と呼ばれていました。冬を中心に家庭や飲食店で食べられ、地域の猪肉利用と結び付いて受け継がれています。
丹波黒豆ごはん 丹波篠山市
丹波篠山地域で栽培される丹波黒大豆を米とともに炊くご飯料理です。乾燥した黒豆を炒ったり、水に浸したりしてから、米、塩、酒などと合わせて炊きます。豆の煮汁を使う場合は、ご飯に赤紫色が移ります。丹波黒大豆は粒が大きく、煮ても形が崩れにくい品種として地域で栽培され、正月の煮豆だけでなく日常の料理にも用いられてきました。黒豆の収穫期や祝い事の食卓などで作られ、家庭ごとに下処理や味付けが異なります。
朝倉山椒の佃煮 養父市
養父市八鹿町朝倉を中心に栽培される朝倉山椒の実を、醤油、酒、みりんなどで汁気がなくなるまで煮る佃煮です。朝倉山椒は枝にとげがなく、実が大きい品種として知られ、産地名と地域の朝倉氏に由来する名称とされています。江戸時代には幕府への献上品となり、昭和40年ごろまでは収穫期の家庭で佃煮にする習慣が見られました。炊いたご飯に添えるほか、冷ややっこなどの薬味としても使われています。
佐用ホルモン焼きうどん 佐用町
牛ホルモン、うどん、キャベツ、ねぎなどを鉄板で焼き、みそや醤油を合わせたたれにつけて食べる佐用町の料理です。店によっては、たれを鉄板の具材へ直接かける方法もあります。戦後、畜産や精肉業が盛んだった地域で、入手しやすかったホルモンとうどんを合わせたことが始まりと伝えられています。複数人分を大きな鉄板で調理し、各店で配合の異なるたれとともに提供する形式が地域に定着しています。
そばめし 長田区
細かく刻んだ中華麺とご飯を、肉、キャベツなどと鉄板で炒め、ソースで味を付ける神戸市長田区の料理です。焼きそばと弁当のご飯を一緒に炒めた食べ方をきっかけに、地域のお好み焼き店で広まったとされています。麺とご飯の割合、具材、ソース、目玉焼きの有無は店舗によって異なります。