都道府県から日本を散歩する
富山県
とやまけん
富山県は北陸地方に位置し、県庁所在地は富山市です。南から東には立山連峰や飛騨山脈の高い峰が続き、その水が常願寺川、黒部川、神通川、庄川、小矢部川となって富山湾へ流れます。急な川が山から石や土を運び、扇状地と平野をつくりました。富山湾は陸から近いところで深くなり、山の稜線と海の水平線が同じ視界に入る場所があります。河岸段丘、湧水地、用水、海岸の防風林を歩くと、山と海の距離が短いことが足元の水の速さや石の大きさからわかります。
古代には越中国が置かれ、国府に赴任した大伴家持が『万葉集』に山や海の景色を詠みました。立山は古くから信仰の山とされ、地獄と浄土をめぐる立山信仰が広がりました。山麓の寺社、宿坊、布橋、古い登拝道をたどると、峰へ向かうことが宗教と旅の両方であったことが見えてきます。中世には荘園、城館、港が川と海を結び、近世には加賀藩領の一部として農地と用水の整備が進みました。北前船が寄港した港では米、昆布、薬種、木材などが動き、蔵や商家が海沿いに並びました。
平野を歩くと目につく用水は、生活と農業だけでなく、近代の水力発電と工業にもつながりました。急流河川の治水は長い課題で、常願寺川の霞堤や砂防施設、黒部川の堤防などには川の力と向き合った歴史が残ります。山間では雪崩や土砂災害を避けるため、家の配置や道の取り方にも工夫が重ねられました。明治以降は鉄道、港、発電所、工場が整えられ、薬業、金属加工、機械、化学などの仕事が広がりました。古い発電施設、倉庫、運河沿いを歩くと、水が農地から産業へ役割を広げた過程を感じられます。
ます寿し、昆布締め、かぶら寿し、ほたるいか、白えび、寒ぶりなどの食は、湾の深さ、海流、保存の知恵と結びつきます。富山売薬は行商人が各地を歩き、薬を置いて次の訪問で代金を受け取る仕組みを育てました。薬袋や柳行李、古い商家を見ると、山間の県から全国へ人が出向いた道の広がりがわかります。井波彫刻、高岡銅器、漆器、和紙なども、木材、鉱物、川運、職人の集まりによって続いてきました。
富山県を歩くときは、山岳の大景観だけを目指すのではなく、湧水の町から用水沿いへ、港の古い蔵から市場へ、寺院の参道から扇状地の集落へと足を運ぶと、土地の仕組みが身近になります。晴れた日に海辺から立山連峰を望むと、水が山から海へ向かう一本の流れとして県全体をつないでいることに気づきます。石垣の積み方、屋根の勾配、川除けの林、道端の地蔵に目を留めると、急流と雪の土地で暮らすために選ばれてきた形が静かに現れます。
郷土料理・ご当地グルメ
この地域で親しまれている味を17件紹介します。べっこう
だし、醤油、砂糖などで味を付けた寒天液へ溶き卵を流し、加熱して型へ入れ、冷やし固める富山県の行事食です。地域によって「えべす」「ゆべし」などと呼ばれる場合があり、しょうがを加えることもあります。寒天の中に卵が流れる模様が、べっこうのように見えることが名称の由来とされています。祭り、正月、祝い事、法事などに作られます。
ぶり大根
ブリのあらや切り身と厚く切った大根を、酒、砂糖、醤油、しょうがなどで煮る富山県の冬料理です。ブリを熱湯へ通して臭みや汚れを除き、下ゆでした大根とともに、魚の脂とうま味が染み込むまで煮含めます。富山湾で寒ブリ漁が本格化する冬に家庭で作られ、氷見市などではブリを贈答する習俗とも結び付いてきました。石川県では寒ブリのあらを生かす冬の家庭料理として伝わるのに対し、富山県のぶり大根は氷見の寒ブリや、婚家などへブリを贈る地域習俗とも結び付いています。
ほたるいかの酢味噌和え
ゆでたホタルイカを、わけぎ、ねぎ、わかめなどとともに、味噌、酢、砂糖、からしなどを合わせた酢味噌で食べる富山県の料理です。ホタルイカは目、口、軟骨などを取り除き、短時間ゆでて身を固くしすぎないよう仕上げます。富山湾で漁が行われる春を中心に、家庭料理、宴席、酒肴として作られてきました。酢味噌の甘味や辛子の量、添える野菜は家庭や店舗によって異なります。
ます寿司
木製の曲物へ笹の葉を敷き、酢飯と塩や酢で締めたマスの身を重ね、重石をして押す富山県の寿司です。現在はサクラマスや養殖マスなどが使われ、魚の厚さ、酢の加減、並べ方は製造者によって異なります。江戸時代に富山藩から献上された鮎ずしや鱒ずしに由来するとされ、明治以降は鉄道の駅弁として広まりました。祭り、祝い事、土産品などとして県内で親しまれています。
富山湾鮨
富山湾や県内の港で水揚げされた魚介を主なネタとして使い、県内の参加寿司店が共通条件に沿って提供する寿司のセットです。季節によりブリ、白エビ、ホタルイカ、バイ貝、マグロなど内容は異なり、富山県産米を使うことなどが基準に含まれます。単一の伝統料理ではなく、富山湾の旬の魚を一定の形式で提供する地域料理ブランドとして登録します。内容、価格、握りの数は店舗によって異なります。
黒作り
スルメイカなどの身と内臓を塩漬けにし、イカ墨を加えて熟成させる富山県の塩辛です。イカの身を細く切り、肝、塩、墨を混ぜて一定期間置くことで、黒い色と発酵・熟成による風味を生じさせます。江戸時代には加賀藩から将軍家へ献上されたという記録も伝えられています。少量をご飯へ添えるほか、茶漬け、酒肴、和え物などに使われ、塩分や熟成期間は製造者によって異なります。
昆布〆
刺身用の魚や山菜、野菜などを昆布で挟み、数時間から一晩置いて味を移す富山県の料理です。魚へ薄く塩をし、酢で拭いた昆布の間へ並べて重ね、冷蔵して締めます。昆布が食材の水分を吸い、昆布のうま味と香りが移ることで、保存性も高まります。北前船によって北海道産昆布が多く運ばれた富山で定着し、白身魚、サス、山菜など、季節や家庭に応じた食材が使われています。
とろろ昆布のおにぎり
塩を加えて握ったご飯の表面へ、海苔の代わりにとろろ昆布をまぶす富山県のおにぎりです。梅干し、昆布、サケなどを具にする場合もあり、昆布のうま味と酸味をご飯へ合わせます。北前船交易を通じて昆布が多く流通し、昆布加工品を日常的に利用する食文化を背景に定着しました。家庭の食事や弁当として作られるほか、コンビニエンスストアや惣菜店でも地域商品として販売されています。
げんげの味噌汁
富山湾の深海で獲れるゲンゲをぶつ切りにし、大根、ねぎ、ごぼうなどとともに煮て、味噌で調える汁物です。ゲンゲは表面がゼラチン質で覆われ、加熱すると身がやわらかくなり、汁へとろみとうま味が加わります。かつては流通しにくい魚として漁師や沿岸部の家庭で利用されました。冬を中心に作られ、味噌汁のほか、吸い物、鍋、干物、唐揚げなどにも調理されています。
富山ブラックラーメン 富山市
濃口醤油を使った色の濃いスープへ、中太麺、チャーシュー、ねぎ、メンマ、粗びき黒こしょうなどを合わせる富山市発祥のラーメンです。戦後の復興期に、肉体労働者がご飯と一緒に食べるため、塩味の強いラーメンとして提供されたことが始まりとされています。現在は元来の濃い味を保つ店だけでなく、だしや醤油の配合を調整した店もあり、スープの濃さや具材は店舗によって異なります。
白えびの刺身 富山市 射水市
富山湾で水揚げされるシラエビの殻をむき、生の身をまとめて刺身として食べる料理です。小型のエビを一尾ずつ、または専用の方法で殻から外し、複数の身を一口分に盛り付けます。わさび醤油、しょうが醤油、酢味噌などを添える場合があります。富山市岩瀬や射水市新湊などの漁港を中心に流通し、冷蔵・冷凍技術の発達によって、飲食店や宿泊施設でも提供されるようになりました。
氷見のうどん 氷見市
小麦粉と塩水をこね、油を使わず、よりをかけながら細く手延べして乾燥させる氷見市のうどんです。手打ちのように生地を練り、手延べそうめんの技術を取り入れて細く伸ばす製法が特徴です。乾麺として保存され、温かいかけうどん、ざるうどん、釜揚げなどにして食べます。江戸時代から製造されたと伝えられ、現在も市内の製麺所が麺の太さや乾燥方法を変えながら生産しています。
よごし 砺波市
大根葉、ほうれん草、なす、いんげんなどの野菜をゆでて細かく刻み、味噌、ごま、砂糖などで炒り付ける砺波市周辺の料理です。夜に作って翌朝まで置くことから「夜越し」と呼ばれたという説や、野菜を味噌で汚すように和えることが名称の由来とする説があります。ご飯へ載せて食べるほか、浄土真宗の報恩講などで精進料理の一品として作られてきました。使う野菜は季節によって異なります。
大門素麺 砺波市
小麦粉と塩水をこね、油を使わずに手延べし、細長い麺を丸髷状にまとめて乾燥させる砺波市大門地区の素麺です。冬の農閑期に生産され、麺へよりをかけながら繰り返し伸ばすことで、強いコシを持たせます。丸く束ねられた麺を割ってからゆで、冷たいつゆや温かい汁で食べます。江戸時代後期に製法が伝わったとされ、現在も地域の生産者によって手作業を含む製法が受け継がれています。
五箇山とうふ 南砺市
大豆をすりつぶして豆乳を作り、にがりで固め、強く水分を抜いて仕上げる南砺市五箇山地域の堅豆腐です。一般的な木綿豆腐より水分が少なく、縄で縛って持ち運べると表現されるほど形が崩れにくい特徴があります。刺身のように切って食べるほか、焼き物、煮物、田楽、鍋などに使われます。雪深い地域で保存しやすい大豆加工品として、祭り、祝い事、報恩講などの食事にも用いられてきました。
五箇山かぶら甘酢漬 南砺市
南砺市五箇山地域で栽培される赤かぶらを薄切りやくし形にし、塩で下漬けした後、酢と砂糖などを合わせた甘酢へ漬ける料理です。山の斜面を使った焼畑で栽培される五箇山かぶらが使われ、赤紫色が漬け汁や白い部分へ移ります。秋の収穫後から冬にかけて作られ、日常の漬物や報恩講などの行事食として食べられてきました。甘味、酸味、切り方は家庭や生産者によって異なります。
たら汁 朝日町
スケトウダラなどを骨付きのままぶつ切りにし、ごぼう、ねぎなどとともに煮て、味噌で調える朝日町周辺の汁物です。冬には白子や真子、肝などを加え、タラを余すところなく利用します。漁師が浜で作った料理を起源とする説があり、新潟県境に近い国道沿いの飲食店でも提供されてきました。使用するタラの部位、味噌の種類、野菜の組み合わせは家庭や店舗によって異なります。