都道府県から日本を散歩する
和歌山県
わかやまけん
和歌山県は紀伊半島の南西部に位置し、県庁所在地は和歌山市です。北には紀の川の平野、中央から南には紀伊山地が広がり、熊野川、日置川、古座川などが深い谷を下って太平洋へ流れます。海岸には砂浜、岩礁、入り江が続き、内陸には急斜面の集落と山道があります。川沿いの旧道、熊野古道の石畳、漁港の坂を歩くと、山と海が近い土地で道が細く長くつながってきたことがわかります。
古代の紀伊国は熊野三山、高野山、日前神宮・國懸神宮などの信仰と結びつきました。熊野古道は都や各地から熊野へ向かう参詣者が歩いた道で、中辺路、大辺路、小辺路など複数の経路があります。王子社跡、石畳、峠の茶屋跡をたどると、旅人が山と川を越えながら祈りを重ねたことが見えてきます。高野山では寺院と宿坊が山上の盆地に集まり、参詣道が麓の町と結びました。
中世から近世にかけては熊野水軍、雑賀衆、紀州藩などが海と陸の交通を支配し、城下町、港町、宿場が整えられました。紀の川流域では農地と用水が広がり、山間では林業、炭焼き、紙、薬草が暮らしを支えました。海岸ではかつお、まぐろ、鯨などの漁が行われ、古式捕鯨の史跡や漁村の祭礼が残ります。港の石段、網小屋、山の筏道を歩くと、海と森林が別々ではなく、船と川で結ばれていたことがわかります。
梅、みかん、柿、山椒、じゃばらなどの農産物、なれ寿司、めはり寿司、金山寺味噌、湯浅醤油、南高梅などの食には、温暖な海岸、山の斜面、発酵と保存の知恵が重なります。紀州漆器、棕櫚製品、保田紙、紀州箪笥などの手仕事も、山の木と街道、港の流通から育ちました。醤油蔵の町、梅畑の坂、漆器の工房を歩くと、香りや音から土地の仕事が伝わります。
和歌山県を歩くなら、熊野古道の一部だけでなく、川沿いの集落から峠へ、港から醤油蔵の町へ、紀の川の堤から山裾の寺社へと足をつなぐとよいでしょう。雨の多い山道、潮の強い岬、乾いたみかん畑では、同じ県内でも空気が変わります。石畳の磨耗、津波碑、道標、棚田の石垣に目を留めると、祈り、漁、林業、農業が険しい地形の中で道を共有してきたことが静かに見えてきます。
海岸には南海地震や津波を伝える碑があり、山道には大雨と崩落を避けて付け替えられた道があります。旅の途中でそうした場所に立つと、紀伊半島を歩くことが、美しい風景だけでなく土地の備えを読むことでもあるとわかります。
熊野川を渡す舟や紀の川を下る荷の道を想像すると、険しい山地の中でも川が移動を支えたことがわかります。橋のたもとや旧渡し場を探すことも、県の歴史を歩いて読む入口になります。
郷土料理・ご当地グルメ
この地域で親しまれている味を20件紹介します。なれずし
塩漬けしたサバなどの魚を飯へ載せ、アセの葉などで包み、桶へ詰めて重石をし、乳酸発酵させる和歌山県のすしです。魚、塩、飯を使って長期間発酵させる本なれと、酢飯を使って発酵期間を短くした早ずしがあります。祭りや地域行事の料理として受け継がれ、早ずしは中華そばと一緒に食べる習慣もあります。魚、発酵期間、葉、飯の調製は地域によって異なります。
茶がゆ
米をほうじ茶や番茶で炊き、粘りを抑えてさらりと仕上げる和歌山県のかゆです。県内では「おかいさん」とも呼ばれ、朝食や日常食として広く作られてきました。さつまいも、里芋、そら豆、餅などを加える場合があり、梅干し、金山寺味噌、漬物、しらすなどを添えて食べます。茶の濃さ、米と水の割合、具材、温かく食べるか冷やすかは地域や家庭によって異なります。山口県の茶がゆが岩国市や周防大島町などで米を節約する日常食として伝わるのに対し、和歌山県では「おかいさん」と呼ばれ、梅干しや金山寺味噌などを添えて県内全域で食べられます。
クエ鍋
クエの身、あら、皮などを、白菜、ねぎ、豆腐、きのこなどと昆布だしで煮て、ぽん酢などで食べる和歌山県沿岸部の鍋料理です。冬に旬を迎える大型魚を使い、白身のうま味と皮周辺の脂、ゼラチン質を味わいます。あらから取っただしを鍋つゆへ利用し、食後に雑炊を作る場合もあります。クエの部位、野菜、だし、薬味、締めの調理は店舗や家庭によって異なります。
和歌山の雑煮
丸餅または角餅を、白味噌仕立てやすまし仕立ての汁へ入れ、青菜、大根、里芋、豆腐などを合わせる和歌山県の正月料理です。紀北・紀中では白味噌と丸餅、紀南ではすまし汁を使う家庭が多いなど、地域差があります。和歌山市周辺で青菜を使うほか、橋本周辺で大豆を練った具を加える例もあります。餅、だし、味噌、具材は地域や家庭によって異なります。
うつぼの佃煮
ウツボを開いて骨を処理し、干してから食べやすく切り、油で揚げるか焼いた後、醤油、砂糖、みりんなどを煮詰めたたれへ絡める和歌山県南部の料理です。沿岸で水揚げされるウツボを保存し、ご飯のおかずや酒肴として利用してきました。皮や身の弾力を生かし、甘辛く仕上げます。乾燥期間、加熱方法、たれ、甘さは家庭や製造者によって異なります。
かきまでご飯
焼いたサバなどの魚から取っただしで、にんじん、ごぼう、油揚げ、しいたけなどを煮て、魚の身と具材を温かい飯へ混ぜる日高地方の料理です。「かきまぜご飯」とも呼ばれ、祝い事、法事、祭りなど人が集まる際に作られてきました。炊き込みではなく、調理した具を飯へ混ぜることを特徴とします。魚、野菜、だし、味付けは地域や家庭によって異なります。
和歌山ラーメン 和歌山市
豚骨と醤油を基調とするスープへ中華麺、チャーシュー、メンマ、ねぎ、かまぼこなどを合わせる和歌山市の麺料理です。地元では主に「中華そば」と呼ばれます。醤油の風味を生かした比較的澄んだ形式と、豚骨を煮込んだ白濁した形式があります。卓上の早ずしやゆで卵を一緒に食べ、会計時に申告する店もあります。スープ、麺、具材は店舗によって異なります。
加太の煮あい 和歌山市
イワシ、アジ、ハマチなどの魚を食べやすく切り、玉ねぎとともに、たまり醤油や酒を使った煮汁で短時間煮る和歌山市加太地区の料理です。漁師が船上で水揚げした魚を手早く調理した料理が起源とされ、身が硬くなるまで煮込まず、新鮮なうちに食べることを特徴とします。砂糖、みりん、豆腐などを加える場合もあり、魚、野菜、煮汁は家庭によって異なります。
しらす丼 和歌山市 有田市 新宮市
温かいご飯へ釜揚げしらす、または水揚げ後の生しらすを載せ、醤油、ぽん酢、薬味などで食べる和歌山市・有田市・新宮市など沿岸部の丼料理です。紀伊水道や熊野灘で水揚げされるしらすを、港近くで加工・提供する地域の食文化から広まりました。梅干し、卵黄、大根おろしなどを添える場合もあります。しらすの状態、たれ、薬味、盛り付けは店舗によって異なります。
太刀魚寿司 有田市
太刀魚を三枚におろして塩と酢で締め、酢飯へ載せて押しずしや姿ずしにする有田市周辺の料理です。箕島漁港などで水揚げされる太刀魚を利用し、祭りや祝い事、家庭の料理として作られてきました。太刀魚は身が薄く長いため、食べやすい長さへ切って飯へ合わせます。魚の開き方、酢締めの時間、酢飯、押し方、薬味は家庭や製造者によって異なります。
梅干し 田辺市 みなべ町
完熟した梅の実を塩漬けにし、夏の晴天時に天日干しして作る、みなべ町・田辺市周辺の保存食品です。江戸時代から梅の栽培と加工が行われ、現在は南高梅などが使われます。塩だけで漬ける白干梅、赤じそを加えるしそ梅、調味液で味付けするはちみつ梅などがあります。梅の品種、塩分、しその使用、天日干しの期間、調味方法は家庭や製造者によって異なります。
いがみの煮付け 田辺市 上富田町
紀南地方で「いがみ」と呼ばれるブダイを、大根、ごぼうなどと、醤油、砂糖、酒などを使った煮汁で甘辛く煮る田辺市・上富田町周辺の料理です。冬に脂がのる磯魚を、正月、祭り、祝い事などの料理として食べてきました。魚を丸ごと煮る場合や、切り身にして煮る場合があります。魚の大きさ、根菜、甘さ、煮込む時間は地域や家庭によって異なります。
ぼうり 田辺市
里芋の親芋を皮付きのまま、または皮をむいて大きく切り、だし、醤油、砂糖などでやわらかく煮る田辺市大塔地域の正月料理です。大きな親芋を丸ごとに近い形で使い、家族の繁栄や成長を願う縁起物として食べられてきました。後醍醐天皇の皇子に関係する名称の由来も伝わります。芋の切り方、煮汁、甘さ、煮込む時間は地域や家庭によって異なります。
めはりずし 新宮市
塩漬けした高菜の葉で、麦飯や白飯を大きく包む新宮市など熊野地方の料理です。山仕事や農作業へ持参する弁当として作られ、目を見張るほど口を大きく開けて食べることが名称の由来とする説があります。現在は酢飯を使うほか、刻んだ高菜の軸、ごま、じゃこなどを飯へ混ぜる場合もあります。飯、高菜の味付け、大きさは家庭や店舗によって異なります。三重県のめはりずしが熊野市周辺で高菜の軸を飯へ混ぜる形も見られるのに対し、和歌山県では新宮市周辺で麦飯を包む古い形や、酢飯やじゃこを使う形があります。
さんまずし 新宮市
サンマを背開きまたは腹開きにし、塩で締めた後、酢やゆずなどの柑橘果汁へ漬け、酢飯へ載せて姿ずしにする新宮市など紀南地方の料理です。秋から冬に熊野灘で水揚げされるサンマを利用し、正月、祭り、祝い事などの料理として作られてきました。地域によっては長期間発酵させるなれずしにもします。魚の開き方、酢、柑橘、飯の味付けは家庭や製造者によって異なります。三重県では熊野市周辺、奈良県では十津川村に伝わるのに対し、和歌山県では新宮市など紀南地方で、柑橘果汁を使った姿ずしとして作られます。
柿の葉寿司 かつらぎ町 九度山町
一口大の酢飯へ薄く切った塩サバなどを載せ、渋柿の葉で包んで押しをかける九度山町・かつらぎ町など伊都地方の料理です。海から離れた山間部で魚を保存しながら運び、祭りや祝い事に食べるすしとして作られてきました。柿の葉の香りが飯と魚へ移ることを特徴とします。現在は鮭などを使う場合もあり、魚、酢飯、葉、押す時間は家庭や製造者によって異なります。鳥取県では塩ますと山椒、奈良県では五條・吉野地域の塩サバを使うのに対し、和歌山県では九度山町・かつらぎ町など伊都地方で塩サバを柿の葉に包みます。
ごま豆腐 高野町
炒るかすったごまを細かくすり、葛粉と水を加えて加熱しながら練り、型へ流して冷やし固める高野町・高野山の精進料理です。大豆から作る一般的な豆腐とは異なり、ごまと葛を主材料とします。肉や魚を使わない僧侶の食事として作られ、わさび醤油、味噌だれ、砂糖などを添えて食べる場合があります。ごまの種類、葛の割合、硬さ、たれは製造者や店舗によって異なります。
金山寺味噌 湯浅町 由良町
米、麦、大豆などから作った麹へ、白瓜、なす、しょうが、しそなどの野菜と塩を混ぜ、発酵・熟成させる湯浅町・由良町周辺のなめ味噌です。調味料ではなく、そのまま飯やかゆへ載せる常備菜として食べます。夏に収穫した野菜を保存する食品として作られ、寺院を通じて製法が伝わったとされています。麹、野菜、甘さ、塩分、熟成期間は家庭や製造者によって異なります。
湯浅の醤油 湯浅町
大豆、小麦、塩、水を使って麹を作り、もろみを木桶などで長期間発酵・熟成させ、搾って仕上げる湯浅町の醤油です。金山寺味噌の製造過程で生じた液体を調味料として利用したことが、醤油醸造の発展につながったと伝えられています。江戸時代には湯浅で醸造業が盛んになりました。原料、麹、木桶、熟成期間、火入れの方法は醸造所によって異なります。
尾の身の刺身 太地町
クジラの尾びれに近い部位である尾の身を薄く切り、しょうが醤油、にんにく醤油などで食べる太地町の料理です。尾の身は脂が細かく入りやすく、クジラ肉の中でも特別な部位として扱われてきました。捕鯨とクジラ利用の歴史を持つ地域で、祝い事や来客時の料理にも用いられます。切り方、解凍方法、薬味、醤油は店舗や家庭によって異なります。