都道府県から日本を散歩する
大分県
おおいたけん
大分県は九州の北東部に位置し、県庁所在地は大分市です。北は周防灘、東は豊後水道に面し、国東半島、別府湾、佐賀関半島、リアス海岸が続きます。内陸には九重連山、由布岳、祖母・傾山系があり、大分川、大野川、山国川、番匠川が海へ流れます。火山の麓、温泉の町、石橋の谷、海辺の港を歩くと、地熱、水、山、海が近い距離で暮らしを形づくってきたことがわかります。
古代には豊前国と豊後国が置かれ、国東半島では宇佐神宮と六郷満山の信仰が広がりました。山中の寺院、磨崖仏、石仏、修行道を歩くと、神仏習合の文化が岩山と谷の地形に根ざしていることが見えてきます。臼杵石仏をはじめとする磨崖仏、古墳、国府跡、寺院跡は、海上交通と内陸の信仰が結びついた歴史を伝えます。
中世には大友氏が府内を拠点とし、南蛮貿易とキリスト教文化を受け入れました。港、教会跡、寺社、城館の史跡を歩くと、海外との交流と戦乱が同じ町に重なったことがわかります。近世には中津藩、杵築藩、日出藩、岡藩、臼杵藩などが置かれ、城下町と宿場、港が整えられました。杵築の坂、竹田の城下、日田の商家、中津の寺町を歩くと、藩ごとに異なる町の配置と商いが見えてきます。
温泉は別府や由布院だけでなく各地に湧き、湯治場、共同浴場、蒸し場、地獄蒸しの文化を育てました。石造文化も県内に広く、石橋、石塔、磨崖仏、石垣が道と川に残ります。かぼす、しいたけ、関あじ・関さば、とり天、だんご汁、りゅうきゅうなどの食は、山、海、保存、港の交流と結びつきます。小鹿田焼、竹工芸、木工などの手仕事も土、竹、森林、水の流れから育ちました。
大分県を歩くなら、温泉街だけでなく、国東の山寺から石仏へ、城下の坂から川沿いへ、日田の商家から山間の窯場へ、豊後水道の港から岬へと足をつなぐとよいでしょう。湯けむり、石橋の水音、磨崖仏の岩肌、海峡の潮を別々に確かめると、県の地形と信仰と仕事が結びついて見えてきます。古い共同浴場、道端の石塔、船着場跡に目を留めると、旅人と住民が水と石を共有してきた時間が静かに残っています。
海岸のリアス地形と内陸の火山地形の間には、峠と川沿いの道が続きます。温泉の湯口だけでなく、その湯が流れる溝や共同浴場の裏道を歩くと、地熱が観光の対象になる前から生活の水として使われてきたことが見えてきます。
県南の入り江では漁港と石垣の集落が海に向き、県北の平野では干拓と水路が農地を支えます。温泉地から海辺へ移ると、地熱だけでは語れない県内の水の多様さが見えてきます。
郷土料理・ご当地グルメ
この地域で親しまれている味を18件紹介します。だんご汁
大分県各地で食べられてきた、小麦粉のだんごと野菜を煮込む汁物です。小麦粉を水で練って寝かせ、手で薄く帯状に延ばしただんごを、里芋、ごぼう、にんじん、豚肉などと一緒に煮込み、麦味噌などで味を整えます。米作りに適さない台地が多く、麦の栽培が盛んだった地域で、米に代わる日常食として定着しました。家庭ごとに具材や味付けが異なり、県内の家庭や飲食店で現在も食べられています。
とり天
鶏肉に下味と衣を付け、天ぷらのように油で揚げる大分県の料理です。鶏肉を食べやすく切り、醤油やにんにくなどで下味を付け、小麦粉や片栗粉、卵を合わせた衣を絡めて揚げます。昭和初期に別府市の飲食店で考案されたとされ、その後県内各地へ広まりました。酢醤油にからしを添えたり、かぼすを搾ったりして食べる方法が一般的で、現在は定食店、家庭、弁当などの日常的なおかずとして定着しています。
やせうま
大分県でおやつや軽食として食べられてきた、小麦粉を使う郷土菓子です。小麦粉を水で練って寝かせ、手で細長く平らに延ばした生地を茹で、砂糖を混ぜたきな粉をまぶして作ります。だんご汁と同じ小麦粉の生地を使いながら、汁物ではなく甘味として食べる点が特徴です。麦の栽培が盛んだった大分の粉食文化を背景に、身近な材料で作れる家庭のおやつとして受け継がれ、現在は学校給食や地域行事でも提供されています。
りゅうきゅう
新鮮な魚の切り身を、醤油、みりん、酒、ごま、生姜などを合わせたたれに漬け込む大分県の郷土料理です。漁師が船上で獲れた魚を調理し、保存しながら食べたことが始まりとされています。名称には、琉球の漁師から伝わったという説と、ごまを使う「利休和え」が変化したという説があります。そのままおかずや酒肴として食べるほか、ご飯にのせて丼にしたり、だしや茶を注いで茶漬けにしたりする食べ方もあり、県内各地で親しまれています。
じり焼き
大分県で農作業の合間のおやつとして食べられてきた、小麦粉を使う焼き菓子です。小麦粉を水でゆるく溶いた生地を、熱した鉄板やフライパンへ薄く広げて焼き、黒砂糖や黒蜜などを包んだり巻いたりして食べます。名称は、生地をじりじりと焼く音や、生地がゆるいことを表す方言の「じりい」に由来するという説があります。麦の栽培が盛んだった地域の粉食文化を背景に、身近な材料で手早く作れる家庭の甘味として受け継がれています。
鶏めし
鶏肉とごぼうを甘辛く煮て、炊いたご飯へ混ぜ合わせる大分県の郷土料理です。大分市吉野地区などで古くから作られ、かつては猟で得た雉や鳩を使ったものが、次第に飼育した鶏肉へ変化したとされています。細かく切った鶏肉とごぼうを醤油、酒、砂糖などで煮て、その煮汁とともに炊きたてのご飯へ混ぜます。祭りや来客時のもてなし料理として作られるほか、おにぎりや弁当にも使われ、現在は県内各地で食べられています。
にら豚 大分市
豚肉、にら、キャベツなどを強火で炒め、醤油を基本とする甘辛いたれで味を付ける大分市の料理です。市内の中華料理店で提供された料理が広まり、家庭でも作られる日常的なおかずとして定着しました。肉の部位、にらとキャベツの量、たれ、辛さ、炒め方は店舗や家庭によって異なります。
別府冷麺 別府市
小麦粉、そば粉、でんぷんなどを使った弾力のある麺を、牛肉や昆布などで取った冷たいスープへ入れ、牛肉、ゆで卵、ねぎ、キャベツのキムチなどを載せる別府市の麺料理です。戦後、朝鮮半島の冷麺をもとに市内の飲食店で広まりました。専門店と焼肉店で麺やスープの系統が異なり、具材も店舗によって変わります。
中津からあげ 中津市
中津市で専門店や持ち帰り店を中心に提供され、地域団体商標にも登録されている鶏の唐揚げです。国産鶏肉を使い、しょうがやにんにくを加えた醤油味または塩味など、店舗ごとに調整したたれへ漬け込んでから油で揚げます。使用する部位、衣、漬け込み時間、揚げ方は店によって異なります。家庭の食卓や弁当のおかずとして食べられる一方、専門店を利用する文化も形成され、中津市を代表する地域料理として定着しています。
日田やきそば 日田市
日田市の飲食店で提供されている、麺を鉄板で焼き付ける焼きそばです。茹でた太めの麺を鉄板へ広げ、表面の一部が硬く香ばしくなるまで焼き、豚肉、多めのもやし、ねぎなどと合わせてソースで味を付けます。一般的な焼きそばのように全体を炒め続けるのではなく、麺に焼き目を付ける調理法が特徴です。焼いた麺ともやしの異なる食感を組み合わせた料理として、市内のラーメン店や専門店などで提供され、地域に定着しています。
たらおさ 日田市 九重町 玖珠町
日田市と玖珠地方で、お盆に作られてきた乾物の煮物です。「たらおさ」は、スケトウダラのえらと内臓を乾燥させた保存食を指します。数日間水に浸してやわらかく戻し、食べやすい大きさに切って、醤油や砂糖で時間をかけて煮込みます。海から遠い山間部で、保存できる海産物を盆の料理に利用する知恵から生まれました。現在も日田市、九重町、玖珠町の家庭で受け継がれ、地域の夏の行事食として食べられています。
ごまだし 佐伯市
佐伯市で水揚げされる白身魚のエソを使った、魚の保存と調理の知恵から生まれた調味料です。焼いたエソの身をほぐし、炒ってすりつぶしたごまと醤油を混ぜ合わせて作ります。大量に獲れた魚を保存し、漁師の家庭でだしを取る手間を省くために受け継がれてきました。茹でたうどんへごまだしをのせ、熱湯を注いで溶かす「ごまだしうどん」が代表的な食べ方で、現在は家庭料理のほか地域の特産品としても扱われています。
あじの丸ずし 佐伯市
佐伯市米水津などの沿岸部に伝わる、小アジを一尾丸ごと使う姿寿司です。小アジを開いて内臓と中骨を取り除き、塩と酢で締めた後、腹へ酢飯を詰めます。仕上げに赤しその葉で巻く作り方が知られ、魚の保存性を高めながら、しその香りと色を加えます。沿岸で水揚げされる小アジを保存して利用するために作られ、祭りや来客時の料理として受け継がれてきました。現在も佐伯地域の家庭や行事で作られる郷土寿司です。
黄飯と黄飯かやく 臼杵市
臼杵市に伝わる、くちなしで色を付けた黄飯と、魚や豆腐、根菜を煮た黄飯かやくを組み合わせる料理です。黄飯は、くちなしの実を浸した水で米を炊き、山吹色に仕上げます。かやくは、エソなどの白身魚、豆腐、大根、ごぼうなどを醤油で煮て作り、黄飯に添えて食べます。臼杵藩の倹約の中で赤飯の代わりに作られたという説や、南蛮文化の影響を受けたという説があり、正月や祝いの席で受け継がれています。
きらすまめし 臼杵市
臼杵市に伝わる、醤油だれに漬けた魚へおからをまぶす郷土料理です。地域の言葉で「きらす」はおから、「まめす」はまぶすことを意味します。ブリやアジなどの切り身を醤油を基本としたたれに漬け、味を含ませた後におからを合わせて作ります。江戸時代、倹約を奨励した臼杵藩で、魚と大豆加工の副産物を無駄なく使う工夫から生まれたとされています。現在も家庭のおかずや酒肴として作られ、臼杵の食文化として受け継がれています。
ひゅうが丼 津久見市
津久見市保戸島のマグロ漁船で、漁師が食べていたまかない料理を起源とする丼です。薄切りにしたマグロの赤身を、ごま、醤油、砂糖、卵黄などを合わせたたれに漬け、温かいご飯へ盛り付けます。漁の合間に手早く食べられる料理として作られました。「ひゅうが」の名称には複数の説があり、船上で風が吹く中で食べたことに由来するとも伝わります。現在は津久見市内の飲食店で提供され、保戸島のマグロ漁と結び付いた料理として紹介されています。
頭料理 竹田市
竹田市に伝わる、魚の頭や内臓などを部位ごとに調理して盛り合わせる行事食です。海から遠い山間部では新鮮な魚が手に入りにくかったため、塩漬けにした大型魚を余すところなく使う方法が発達しました。魚の頭、内臓、えら、皮などを丁寧に下処理して茹で、食べやすく切り分けます。盛り合わせた部位には、かぼすを搾った酢醤油などを添えます。正月や祝い事の料理として作られ、海産物を大切に利用する内陸部の食文化を現在に伝えています。
そらきたもち 姫島村
姫島村に伝わる、さつまいもと小麦粉を使った餅菓子です。茹でてつぶしたさつまいもの一部へ小麦粉を混ぜて皮を作り、残りのさつまいもへ砂糖を加えて芋あんにします。皮で芋あんを包んで茹で、仕上げにきな粉をまぶして食べます。名称は、急な来客に「そら来た」と、身近な材料ですぐ作って出したことに由来すると伝わります。米が貴重だった島で、小麦とさつまいもを利用する暮らしの工夫として受け継がれてきました。