都道府県から日本を散歩する
奈良県
ならけん
奈良県は紀伊半島の内陸に位置し、県庁所在地は奈良市です。北には奈良盆地、東には大和高原、南には吉野・大峯の山地が広がり、吉野川、熊野川、大和川が異なる方向へ流れます。盆地の古道、山裾の寺社、吉野の谷道を歩くと、平地と山地の距離が近く、古代の都と山岳信仰の地が同じ県内に並ぶことがわかります。
古代には飛鳥、藤原京、平城京が置かれ、日本の政治、仏教、都市制度が形づくられました。古墳、宮跡、寺院、条里の道が盆地に広く残り、東大寺、興福寺、薬師寺、唐招提寺、法隆寺などの建築と仏像は、それぞれ異なる時代の技術と信仰を伝えます。寺院の門から田の中の古道へ歩き、山の位置と道の向きを確かめると、都の計画が地形と深く結びついていたことが見えてきます。
中世以降は寺社勢力、武士、商人が各地で活動し、奈良町、今井町、宇陀松山などに町並みが形成されました。吉野山と大峯山は修験道の場となり、参詣道、宿坊、行場が山中に続きます。石畳、道標、役行者像、杉林の中の小さな祠を歩いてたどると、山へ入ることが信仰と修行の実践だったことがわかります。南朝に関わる史跡や城館も、険しい地形の中に残ります。
吉野杉、奈良筆、奈良墨、赤膚焼、蚊帳、木工、薬などの手仕事は、山の木、寺社の需要、街道の商いから育ちました。柿の葉寿司、三輪そうめん、奈良漬、茶粥、吉野葛などの食には、保存、乾燥、山間と盆地の流通が重なります。町家の格子、墨を練る工房、そうめんを干す風景、杉を扱う山村を歩くと、古代文化だけでなく日常の仕事が県の歴史を支えてきたことが見えてきます。
奈良県を歩くなら、有名な寺院だけを急いで巡るのではなく、宮跡の広い空間から古道へ、町家の路地から川沿いへ、吉野の参詣道から山村へと足をつなぐとよいでしょう。盆地では山の稜線が方角を示し、南へ進むほど谷が深くなります。道端の石仏、古い井戸、条里の畦、宿坊の軒に目を留めると、王権、仏教、修験、商い、農林業が同じ土地に重なってきたことが静かに見えてきます。
盆地の集落には環濠や古い水路が残り、山間では木材を運んだ道が谷に沿って延びます。寺社の歴史と農林業の道を続けて歩くと、文化財を守ってきた周囲の田畑、森、水の存在にも自然に目が向きます。
朝夕の盆地では古墳や寺院の背後に山の稜線が近く見え、古道の方角を示します。道を急がず、集落の辻やため池で立ち止まると、都の外側にも長く続いた暮らしの時間が見えてきます。
郷土料理・ご当地グルメ
この地域で親しまれている味を16件紹介します。茶粥
ほうじ茶や番茶を煮出した湯で米を炊く、奈良県の日常食です。木綿の茶袋へ茶葉を入れて煮出し、洗った米を加え、粘りを出しすぎないよう水分を多くしてさらりと仕上げます。さつまいも、里芋、そら豆、かき餅などを加える家庭もあります。農作業の合間にも食べやすく、冷めても口にしやすい食事として朝食などに作られてきました。現在は飲食店や宿泊施設でも提供されています。漬物や煮物などを添えて食べることもあります。三重県の茶粥が東紀州地域を中心に伝わるのに対し、奈良県では県内各地の日常食として広がり、さつまいも、里芋、そら豆、かき餅などを加える例があります。
飛鳥鍋
鶏肉、白菜、ねぎ、にんじん、しいたけなどを、鶏がらのだしと牛乳を合わせた汁で煮る奈良県中南部の鍋料理です。白味噌や醤油などで味を調え、好みにより溶き卵や薬味を添えます。飛鳥時代に渡来人が乳を用いた料理を伝えたという説がありますが、現在の形がいつ成立したかは明確ではありません。牛乳を加えることで白くまろやかな汁となり、家庭や飲食店で冬の料理として作られています。
奈良のっぺ
里芋、大根、にんじん、厚揚げ、こんにゃくなどをだしで煮る奈良県の煮物です。里芋が煮崩れて生じる自然な粘りを利用し、片栗粉や葛粉を加えずにとろみを付ける作り方が伝えられています。具材は家庭や季節によって異なり、精進料理として肉や魚を使わずに仕上げる場合もあります。奈良市の春日若宮おん祭では、参拝者に振る舞われてきた料理の一つとして知られています。冬の行事食や家庭の煮物としても作られます。
大和の雑煮
昆布などで取っただしへ白味噌を溶き、丸餅、大根、金時にんじん、里芋、豆腐などを入れる奈良県の正月料理です。具材を丸く切り、家族円満や物事が丸く収まるよう願う習慣があります。地域によっては、椀から餅を取り出し、別皿の砂糖入りきな粉へ付けて食べます。正月前には細い祝大根が用意され、家庭ごとにだし、味噌、具材、餅の焼き方や煮方が異なります。餅をきな粉へ付ける食べ方も奈良の正月習俗として知られています。
いもぼた
うるち米と里芋を一緒に炊き、つぶして丸め、小豆あん、きな粉、青大豆のあんなどを付ける奈良県のぼた餅です。もち米が貴重だった時代に、身近な里芋の粘りを利用して、もち米のような食感を出した料理とされています。奈良盆地の平坦部では、秋の収穫後に迎える亥の日、彼岸、秋祭りなどに作り、仏壇や墓へ供える習慣もあります。里芋を使う点が奈良のいもぼたの特徴です。冷めてもやわらかさを保ちやすいとされています。
かしわのすき焼き
鶏肉をねぎ、白菜、きのこ、焼き豆腐、しらたきなどとともに、醤油、砂糖、酒などを合わせた割り下で煮る奈良県のすき焼きです。関西で鶏肉を「かしわ」と呼ぶことから、この名で伝えられています。家庭で鶏を飼うことが一般的だった時代には、祝い事や来客時に鶏を処理し、家族や親族で鍋を囲みました。溶き卵へ付けて食べるほか、残った煮汁へうどんやご飯を加えることもあります。鶏肉の部位や野菜の組み合わせは家庭ごとに異なります。
エイの煮こごり
赤エイを食べやすく切り、醤油、砂糖、酒、しょうがなどで甘辛く煮て、煮汁ごと冷まして固める奈良県葛城地域などの料理です。エイに含まれるゼラチン質が煮汁へ溶け、冷えると自然に固まることから「煮こごり」と呼ばれます。大阪から竹内街道を通じて魚介が運ばれた地域で、新鮮なエイを利用する料理として定着しました。秋祭り、正月、結婚式などの行事食として家庭で作られてきました。
奈良茶飯 奈良市
番茶やほうじ茶の煮出し汁へ、炒った大豆と米を加えて炊く奈良市のご飯料理です。塩や醤油などで味を調え、家庭によって栗、黒豆、季節の野菜などを加えることもあります。東大寺の修二会に関わる食事を起源とする説があり、江戸時代には奈良の名を冠した料理として江戸でも知られました。現在は市内の飲食店や学校給食などで提供され、地域の食文化として受け継がれています。大豆の香ばしさと茶の風味を生かして炊き上げます。
奈良のかき氷 奈良市
細かく削った氷へ、果物、茶、蜜、乳製品などを使ったシロップや具材を添える奈良市の氷菓です。奈良では氷室神社と氷の奉納文化を背景に、製氷業者や飲食店が氷に関する行事と商品づくりを行ってきました。古代に氷室で保存した氷を夏に宮廷へ献上した記録や、削った氷へ甘葛をかけた食べ方も伝えられています。現在は市内の専門店や飲食店が季節ごとのかき氷を提供しています。氷の削り方や盛り付けは店舗ごとに異なります。
天理ラーメン 天理市
豚骨と鶏がらを使った醤油味のスープへ、炒めた豚肉、白菜、にら、にんにくなどを加え、豆板醤などで辛味を付ける天理市発祥のラーメンです。1960年代後半、天理市内の屋台で提供された料理を起点に、複数の店舗がそれぞれの味を展開しました。白菜を多く使い、具材をスープとともに煮る調理法が地域で定着しています。店舗によってスープの配合、辛さ、麺、具材は異なります。辛味のあるスープと白菜を組み合わせる点が特徴です。
にゅうめん 桜井市
ゆでたそうめんを、昆布、かつお節、しいたけなどで取った温かいだしへ入れ、油揚げ、かまぼこ、ねぎ、三つ葉などを添える桜井市三輪地域の麺料理です。そうめんの産地では、細い麺を温かく食べる方法として家庭に定着しました。麺を別にゆでてから汁へ加える作り方と、汁の中で煮る作り方があります。寒い時期の食事だけでなく、そうめんの節や折れた麺を無駄なく使う料理としても作られています。
柿の葉寿司 五條市 吉野町 大淀町 下市町 黒滝村 天川村 野迫川村 十津川村 下北山村 上北山村 川上村 東吉野村
塩で締めたサバの薄切りを酢飯へ合わせ、渋柿の葉で一つずつ包んで重しをかける、五條市と吉野地域の押し寿司です。江戸時代中頃、熊野灘で獲れたサバが塩漬けにされ、峠を越えて吉野川沿いの村へ運ばれたことが成立の背景とされています。作ってから一晩置くことで、柿の葉の香りとサバの風味が酢飯へ移ります。夏祭りや祝い事の料理として各地で受け継がれてきました。現在はサバのほか、サケやタイなどを使う商品もあります。鳥取県では塩ますと山椒、和歌山県では塩サバなどを使うのに対し、奈良県の柿の葉寿司は五條・吉野地域で塩サバを載せ、一晩押して葉の香りを移します。
鮎寿司 吉野町 大淀町 下市町 黒滝村 川上村 東吉野村
塩で締めて酢に漬けたアユを開き、酢飯へ合わせて姿を整える吉野地域の寿司です。吉野山地の河川で得られるアユを利用し、かつては米とともに発酵させるなれずしも作られていました。現在はすし飯の上へアユをのせ、布巾などで押して仕上げる鮎姿寿司が一般的です。焼いたアユを使う方法や、山椒、たれを添える方法もあります。アユの旬である夏から秋や、人が集まる席で食べられています。
さんま寿司 十津川村
塩をしたサンマを開いて骨を除き、酢で締めて酢飯へ合わせ、棒状に押して仕上げる十津川村の寿司です。海から離れた地域へ熊野灘側から運ばれたサンマを、保存しながら利用する料理として伝わりました。地域や家庭によって、サンマを開く向き、酢の加減、押し方が異なり、柑橘類の汁を使うこともあります。秋祭り、正月、祝い事など人が集まる際の料理として作られ、家庭や地域行事で受け継がれています。三重県と和歌山県では熊野灘沿岸のサンマを姿ずしにする形が中心であるのに対し、奈良県では十津川村へ運ばれたサンマを保存し、棒状に押して仕上げます。
まなめはり 下北山村
塩漬けした下北春まなの葉でご飯を包む、下北山村のめはりずしです。春まなの茎を細かく刻み、醤油などで味を付けてご飯へ混ぜるか具として包み、葉で全体を覆います。下北春まなは下北山村で栽培される葉菜で、冬の寒さによって厚みと甘みが増すとされています。高菜を使うめはりずしとは異なり、下北春まなを使う点が地域固有の特徴です。山仕事へ持参する弁当として食べられてきました。
でんがら 東吉野村
小麦粉や米粉を練った生地で小豆あんを包み、朴の葉で包んで蒸す東吉野村の郷土菓子です。葉の中央へ生地を置き、左右から折り包む形が、農具の「でんがら」に似ることから名付けられたとする説があります。朴の葉が採れる初夏を中心に作られ、葉の香りが餅へ移ります。田植え後の休み、端午の節句、家族が集まる時期などに家庭で作られ、現在は地域の直売所などでも販売されています。葉を開いて香りとともに食べます。