CASTLE / HISTORIC SITE
金沢城
石川県金沢市の金沢城は、金沢御堂の跡で天正8年(1580年)に佐久間盛政が城郭整備を始め、天正11年(1583年)に入城した前田利家以後、加賀前田家の居城となった平山城です。現在は国指定史跡で、重要文化財の石川門などと復元された門・櫓、各時代の石垣が残ります。
INFORMATION
基本情報
- 所在地
- 石川県金沢市
- 種別
- 城
- 推定築城年代
- 天正8年(1580年)に佐久間盛政が城郭整備を開始し、天正11年(1583年)から前田氏の居城となりました。明治以後は軍施設・大学を経て2001年に金沢城公園が開園。
- 築城者
- 佐久間盛政が城郭整備に着手し、前田利家以後の前田氏が本格的に整備しました。
- 現況
- 国指定史跡。多様な石垣や堀を残し、重要文化財3棟と複数の復元建造物が金沢城公園内にあります。
STORY
城の歩み
- 主な城主
- 佐久間氏、前田氏。
- 城の姿を変えた主な改修
- 1631年の大火後に前田利常が二の丸を中心とする城へ再編。1759年、1808年の大火後にも再建を重ね、近現代には門・櫓・水堀等の復元整備が進められています。
- 廃城・役目を終えた時期
- 明治維新後に城としての役割を終え、陸軍施設、戦後の金沢大学キャンパスとして利用されました。
HISTORY
お城の歴史
- 本文
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金沢城の地には、天文15年(1546年)に本願寺の拠点である金沢御堂が創建され、寺内町が形成されました。天正8年(1580年)に金沢御堂が織田方に攻略されると、佐久間盛政が最初の金沢城主となり城郭整備に着手します。
天正11年(1583年)には前田利家が金沢城へ入り、天守や高石垣、大手口など城と城下町の本格的な整備を進めました。慶長7年(1602年)に天守が落雷で焼失した後は天守は再建されず、代わって三階櫓が建てられました。
寛永8年(1631年)の大火後、三代前田利常は城の中心を本丸から二の丸へ移し、大規模な二の丸御殿を整えました。その後も1759年、1808年などの大火と再建を経て、前田家の居城として明治を迎えます。
明治以後は軍施設、戦後は金沢大学のキャンパスとして利用され、平成8年(1996年)に石川県が土地を取得、平成13年(2001年)に金沢城公園が開園しました。現在は国指定史跡として多様な石垣を保存し、石川門・三十間長屋・土蔵(鶴丸倉庫)の重要文化財建造物と、復元された門・櫓などを通じて各時代の城の姿を伝えています。
WHAT REMAINS
いま残る城の姿
- 今も残っているもの
- 石垣、堀、石川門、三十間長屋、土蔵(鶴丸倉庫)など。
- 建物はいつのもの?
- 石川門・三十間長屋・土蔵(鶴丸倉庫)は現存する重要文化財。菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓、河北門、橋爪門、鼠多門などは近現代の復元です。
HERITAGE
文化財として残るもの
- 指定されているもの
- 国指定史跡「金沢城跡」(平成20年・2008年指定)。石川門、三十間長屋、土蔵(鶴丸倉庫)は国重要文化財。
SOURCES
出典元
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金沢城の歴史
石川県
最終確認日:2026年8月9日
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金沢城公園 園内のご案内
石川県
最終確認日:2026年8月9日
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日本100名城®一覧
公益財団法人日本城郭協会
最終確認日:2026年8月9日
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画像:sergejf
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Wikimedia Commons
/
CC BY 2.0
/ 表示用にトリミング・リサイズしています
最終確認日:2026年8月9日