CASTLE / HISTORIC SITE

日本100名城

根城

青森県八戸市の根城は、建武元年(1334年)に南部師行が築いたと伝えられ、約300年間にわたり根城南部氏の拠点となった中世城館です。本丸には天守ではなく、発掘調査から分かった主殿や工房、蔵、馬屋などが復原され、武士の政治だけでなく暮らしや仕事まで見える城跡になっています。

青森県八戸市の根城。本丸を中館側から望む

INFORMATION

基本情報

所在地
青森県八戸市
種別
推定築城年代
建武元年(1334年)に南部師行が築城したと伝えられ、寛永4年(1627年)の遠野国替えまで約300年間使われました。
築城者
南部師行。
現況
国指定史跡。曲輪・堀跡が残り、本丸は発掘調査成果をもとに安土桃山時代の姿を復原整備しています。

STORY

城の歩み

主な城主
南部師行を祖とする根城南部氏。
城の姿を変えた主な改修
発掘調査によって本丸の建物配置や生活・儀礼空間が確認され、主殿、工房、板蔵、納屋、馬屋などが復原整備されています。
廃城・役目を終えた時期
寛永4年(1627年)、根城南部氏が遠野へ国替えとなり、約300年間続いた居城としての役割を終えました。

HISTORY

お城の歴史

本文
根城は、南北朝時代の建武元年(1334年)、南部師行が築いたと伝えられる中世城館です。師行を祖とする根城南部氏は北奥羽に勢力を持ち、この地を約300年間にわたって拠点としました。城は一つの大きな郭だけでなく、本丸、中館、東善寺館、岡前館、沢里館など複数の曲輪と堀によって構成されていました。近世の城のような高い天守や巨大な石垣を中心とする姿ではなく、地形と堀を利用した中世城館の構造が特徴です。

寛永4年(1627年)、根城南部氏が遠野へ国替えとなると、根城は居城としての役割を終えました。その後、城跡は昭和16年(1941年)に国の史跡に指定され、長期にわたる発掘調査が行われました。

現在の本丸では、その成果をもとに安土桃山時代の根城の姿が復原整備され、当主が儀式を行った主殿のほか、工房、板蔵、納屋、馬屋などを見ることができます。根城の面白さは、戦うための施設だけでなく、城の中で人々がどのように働き、物を保管し、儀式を行っていたのかまで具体的に想像できるところにあります。

WHAT REMAINS

いま残る城の姿

今も残っているもの
本丸・中館・東善寺館・岡前館・沢里館などの曲輪、堀跡、城館地形。
建物はいつのもの?
中世の城郭建造物は現存していません。現在の主殿、工房、板蔵、納屋、馬屋などは発掘成果をもとにした復原建造物です。

HERITAGE

文化財として残るもの

指定されているもの
国指定史跡「根城跡」。史跡面積は約18.5ヘクタール。

SOURCES

出典元

  • 復原された中世の城 -根城-

    八戸市

    最終確認日:2026年8月9日

  • 史跡根城の広場

    八戸市博物館

    最終確認日:2026年8月9日

  • 日本100名城®一覧

    公益財団法人日本城郭協会

    最終確認日:2026年8月9日

  • 画像:house-nasu / Wikimedia Commons / CC BY 2.5 / 表示用にトリミング・リサイズしています

    最終確認日:2026年8月9日

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