CASTLE / HISTORIC SITE
江戸城
江戸城は、東京都千代田区の皇居を中心に広がる城跡です。太田道灌の築城を起点に、徳川家康以降三代にわたる大改修で幕府の中枢となり、現在も天守台、濠、石垣、富士見櫓や田安門など多くの遺構が残ります。
INFORMATION
基本情報
- 種別
- 城
- 名城選定
- 日本100名城
- 推定築城年代
- 長禄元(1457)年に太田道灌が築城。徳川家康入城後に大規模な改修が進み、慶長12(1607)年に本丸・西の丸の主要部が整い、寛永13(1636)年までに総構を含む近世城郭の形が整った。
- 築城者
- 太田道灌。近世江戸城は徳川家康・秀忠・家光の三代にわたり大規模に整備された。
- 現況
- 城跡。西丸・吹上などは皇居、本丸・二の丸・三の丸の一部は皇居東御苑となり、皇居外苑や北の丸公園を含めて濠、石垣、城門、櫓などの遺構が残る。
STORY
城の歩み
- 主な城主
- 太田氏、上杉氏、小田原北条氏、徳川家康以降の徳川将軍家
- 城の姿を変えた主な改修
- 天正18(1590)年の徳川家康入城後、江戸幕府成立を挟んで家康・秀忠・家光の三代にわたり段階的な大改修が行われた。慶長12(1607)年には天守を含む本丸・西の丸の主要部が整い、寛永12(1635)年に二の丸・三の丸、翌13(1636)年には枡形、石垣、堀など総構が完成し、大城郭としての基本形が整えられた。
- 廃城・役目を終えた時期
- 明治元(1868)年、徳川将軍家の居城および幕府政治の中心としての役割を終えた。その後は東京城などの名称を経て皇居となった。
HISTORY
お城の歴史
江戸城は長禄元(1457)年、太田道灌が江戸氏の館跡に築いた城を起点とします。その後は上杉氏、小田原北条氏の支配を経て、天正18(1590)年に関東へ入った徳川家康が居城としました。徳川幕府成立後は家康・秀忠・家光の三代にわたり大規模な整備が進み、慶長12(1607)年には天守を含む本丸・西の丸の主要部が整い、寛永13(1636)年までに二の丸・三の丸、石垣、堀、枡形などを備えた大城郭となりました。明暦3(1657)年の大火で天守を焼失し、その後は再建されませんでしたが、城郭の規模は幕末までおおむね維持されました。明治元(1868)年に徳川将軍家の居城としての役割を終え、のちに皇居となりました。現在、本丸・二の丸・三の丸の一部は皇居東御苑として公開されています。
WHAT REMAINS
いま残る城の姿
- 今も残っているもの
- 天守台、濠、石垣、土塁、城門、富士見櫓、富士見多聞、百人番所などが残る。北の丸には田安門・清水門、皇居外苑には外桜田門が現存する。
- 建物はいつのもの?
- 天守は明暦3(1657)年の大火で焼失後、再建されず天守台のみが残る。富士見櫓は万治2(1659)年の再建で、江戸城に現存する三重櫓。田安門は寛永13(1636)年、清水門は万治元(1658)年の建物を基礎とし、修理・復旧を受けながら残る。大番所は皇居となった後に改築され、昭和43(1968)年の皇居東御苑開園に際して江戸時代の姿に復元された。
HERITAGE
文化財として残るもの
- 指定されているもの
- 国指定特別史跡「江戸城跡」。昭和35(1960)年5月20日に史跡指定、昭和38(1963)年5月30日に特別史跡指定。旧江戸城田安門、旧江戸城清水門、旧江戸城外桜田門は国指定重要文化財。
SOURCES
出典元
- まちの記憶保存プレートガイド:江戸城築城
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運営者:千代田区
最終確認日:2026年9月18日
- 国指定文化財等データベース「江戸城跡」
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運営者:文化庁
最終確認日:2026年9月18日
- 園内に残る歴史的建造物と皇居附属庭園の美
-
運営者:宮内庁
最終確認日:2026年9月18日
- 日本100名城®一覧
-
運営者:公益財団法人日本城郭協会
最終確認日:2026年9月18日
- 桜田門
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運営者:環境省
最終確認日:2026年9月18日
- 重要文化財 旧江戸城田安門・清水門について
-
運営者:文化庁文化財第二課
最終確認日:2026年9月18日
- 画像:Another Believer
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出典画像 / CC BY-SA 4.0 / 表示用にトリミング・リサイズしています
最終確認日:2026年9月18日