文化施設
2件熊野市にある博物館、美術館、資料館など。
- 熊野市紀和鉱山資料館
- 熊野市歴史民俗資料館
三重県
くまのし
三重県南部の熊野灘沿岸に位置し、七里御浜の砂礫海岸や鬼ヶ城、獅子岩などダイナミックな海岸景観を持つ熊野市。熊野古道伊勢路を通って熊野三山へ向かった人々の往来が地域の歴史に刻まれています。内陸の紀和地区には、藤堂高虎が築いたとされる赤木城跡や、鉱山で栄えた時代の産業遺産が残ります。市域は海岸の市街地から山深い集落、熊野川流域まで広がり、地域ごとに異なる生活文化があります。温暖な斜面では新姫をはじめとする柑橘が栽培され、山では林業、海では漁業が営まれてきました。海と山が近く、信仰の道、城と鉱山の歴史、農林水産業が一つの市域に重なる東紀州の街です。
最終更新日:2026年8月2日
塩漬けした高菜の葉でご飯を包む熊野市周辺の料理です。葉の軸を細かく刻み、醤油などで味を付けてご飯へ混ぜるか、具として包むこともあります。大きく握った飯を高菜の葉で全体的に包み、山仕事、林業、農作業へ持参する弁当として食べられてきました。名称には、大きな口を開けて食べる様子や、目を見張るほど大きいことに由来する説があります。現在は小さく握ったものも作られます。和歌山県のめはりずしが新宮市周辺で麦飯や酢飯、じゃこなどを用いる形も見られるのに対し、三重県では熊野市周辺で醤油味の高菜の軸を飯へ混ぜる作り方があります。
熊野灘で水揚げされた魚を、ねぎ、白菜、豆腐、きのこなどとともに、醤油と砂糖を使った割り下で煮る東紀州地域の鍋料理です。「魚すき」「魚のすき焼き」「沖すき」とも呼ばれます。漁師や家庭が、その日に獲れた魚や市場へ出しにくい魚を利用し、魚種に合わせて切り身やぶつ切りにして調理します。溶き卵へ付けて食べる方法や、残った煮汁へご飯やうどんを加える方法もあります。
酢飯と、焼いてほぐした魚、しいたけ、にんじん、卵などの具材を木枠へ重ね、押して切り分ける東紀州地域の寿司です。色の異なる具材を短冊状に切り、屋根材のこけらを重ねるように並べることが名称の由来とされています。米が貴重だった山間部や沿岸地域で、祭り、祝い事、法事、来客時などに作られてきました。高知県のこけらずしが柚子酢の飯と焼きサバなどを層にするのに対し、三重県では東紀州で色の異なる具材を短冊状に重ねて仕上げます。
サンマを背開きまたは腹開きにし、塩と酢で締めて、酢飯へ合わせる熊野市周辺の姿寿司です。秋から冬に熊野灘へ来遊する脂の少ないサンマを使い、柚子やダイダイなど地域の柑橘類の果汁を酢へ加えることもあります。祭り、正月、祝い事などの料理として作られ、熊野市の産田神社では祭礼に関わる供え物としても伝わっています。家庭によって開き方、酢の配合、押し方が異なります。奈良県では十津川村へ運ばれたサンマを棒状に押し、和歌山県では新宮市周辺で姿ずしにするのに対し、三重県では熊野市周辺で柑橘果汁を利かせた姿ずしとして伝わります。
酢飯へ、焼いてほぐした魚、しいたけ、にんじん、ごぼう、こんにゃく、卵などを混ぜる東紀州南部の五目ずしです。地域で得られる魚や野菜を甘辛く煮て、酢飯へ混ぜ込むことから「かきまぜ」と呼ばれます。祭り、祝い事、法事、来客時など多人数が集まる際に、大きな桶で作って取り分けて食べます。熊野市、御浜町、紀宝町などで伝わり、使用する魚、具材、酢や砂糖の配合は地域や家庭によって異なります。
熊野市にある博物館、美術館、資料館など。
熊野市にある公立図書館と公文書館。
熊野市に残る城、城跡、館跡など。
熊野市にある道の駅。