CASTLE / HISTORIC SITE
高岡城
富山県高岡市の高岡城は、慶長14年(1609年)に前田利長の隠居城として築かれた平城です。元和元年(1615年)に廃城となった後も堀や土塁が守られ、約400年を経た現在も往時の城郭の姿を多く残す国指定史跡として、高岡古城公園に受け継がれています。
INFORMATION
基本情報
- 所在地
- 富山県高岡市
- 種別
- 城
- 推定築城年代
- 慶長14年(1609年)に前田利長が築城。元和元年(1615年)に一国一城令で廃城となり、明治8年(1875年)に公園として保存されました。
- 築城者
- 前田利長。
- 現況
- 国指定史跡。水堀、土塁、郭の形などがよく残り、高岡古城公園として保存・利用されています。
STORY
城の歩み
- 主な城主
- 前田利長。
- 城の姿を変えた主な改修
- 城としての使用期間は短く、廃城後も堀・土塁・郭が維持されました。近現代には発掘調査と史跡保存・公園整備が進められています。
- 廃城・役目を終えた時期
- 元和元年(1615年)の一国一城令により廃城。その後も米蔵などに利用され、明治8年(1875年)に公園となりました。
HISTORY
お城の歴史
- 本文
-
高岡城は、加賀前田家二代の前田利長が慶長14年(1609年)に築いた隠居城です。利長は城を築くと同時に城下町の整備を進めましたが、慶長19年(1614年)に死去し、翌元和元年(1615年)の一国一城令によって高岡城は廃城となりました。
城として使われた期間は短かったものの、高岡の町は商工業の町へ転換され、城地も米蔵などとして利用されながら維持されました。そのため堀が大きく埋められることなく、郭の形や土塁など城郭の基本構造が長く保存されてきました。
明治期には民間払い下げの危機がありましたが、市民による公園指定運動などを経て明治8年(1875年)に高岡公園となり、城郭遺構の破壊を免れました。発掘調査では本丸御殿に関わる礎石や石組み遺構も確認されています。
平成27年(2015年)3月10日に国の史跡へ指定され、現在は高岡古城公園として利用されています。水堀、土塁、郭の形、石垣などを通して、近世初頭の城郭構造を読み取ることができます。
WHAT REMAINS
いま残る城の姿
- 今も残っているもの
- 水堀、土塁、郭、石垣、本丸御殿に関わる礎石・石組み遺構など。
- 建物はいつのもの?
- 近世の城郭建造物は現存しません。現在の高岡古城公園内の施設・建造物は、城郭遺構とは区別して扱います。
HERITAGE
文化財として残るもの
- 指定されているもの
- 国指定史跡「高岡城跡」。平成27年(2015年)3月10日指定。
SOURCES
出典元
-
高岡城跡
高岡市
最終確認日:2026年8月9日
-
古御城
高岡市
最終確認日:2026年8月9日
-
日本100名城®一覧
公益財団法人日本城郭協会
最終確認日:2026年8月9日