CASTLE / HISTORIC SITE
白川城跡
白川城跡は、福島県白河市の阿武隈川右岸の丘陵に築かれた中世の山城跡です。白河結城氏の居城として南北朝期から戦国期に使われ、主郭や平場、土塁、堀などが良好に残る国指定史跡です。
INFORMATION
基本情報
- 種別
- 城
- 推定築城年代
- 明確な築城時期は不明。13世紀後半に結城祐広が白河へ移り本拠としたと伝わる一方、城の形態や文献研究から、元弘・建武年間(1331~1337)頃には築城されていたとの見解がある。
- 築城者
- 明確な築城者は不明。『白河風土記』では結城祐広を白川城の始まりとする伝承が記され、祐広は13世紀後半に白河へ下向して白川城を本拠としたとされる。
- 現況
- 国指定史跡として保存される城跡。主郭をはじめ多数の平場、土塁、空堀など、中世城館の遺構が良好に残る。
STORY
城の歩み
- 主な城主
- 白河結城氏。主な人物として結城祐広、宗広、親朝、政朝らが知られる。
- 城の姿を変えた主な改修
- 南北朝期の中心は御本城山地区で、その後は搦目山地区へ移った可能性がある。御本城山地区周辺では16世紀後半頃に南北朝期の遺構面を覆う大規模な整地が行われ、藤沢山地区などにも同様の状況が確認されることから、この時期に城全体が改修されたと推定されている。
- 廃城・役目を終えた時期
- 永正7年(1510)の永正の変以降、白河結城氏の本拠は白川城から小峰城へ移ったと推定される。ただし白川城が城としての役目を終えた時期は明確ではなく、発掘調査では16世紀後半にも大規模な改修が行われたことが確認されている。白河結城氏は天正18年(1590)の奥羽仕置で改易された。
HISTORY
お城の歴史
白川城は、鎌倉時代後期から陸奥国白河荘を拠点とした白河結城氏の居城です。結城朝光が文治5年(1189)に白河荘を与えられ、その孫の祐広が13世紀後半に白河へ移り、白川城を本拠としたと伝わります。明確な築城時期は分かっていませんが、城の形態や文献研究から元弘・建武年間(1331~1337)頃には築かれていたとの見解があります。南北朝期には御本城山地区が城の中心となり、その後は搦目山地区へ重心が移った可能性があります。永正7年(1510)の永正の変以降、本拠は小峰城へ移ったと推定される一方、発掘調査では16世紀後半にも城全体で大規模な改修が行われたことが確認されています。白河結城氏は天正18年(1590)の奥羽仕置で改易され、城跡は平成28年(2016)に国の史跡に指定されました。
WHAT REMAINS
いま残る城の姿
- 今も残っているもの
- 御本城山と呼ばれる主郭、二ノ郭、鐘撞堂とされる平場をはじめ、多数の平場、土塁、空堀や堀が残る。発掘調査では御本城山地区で14世紀代と16世紀代の遺構面や門の一部と考えられる遺構、鐘撞堂山・搦目山地区では建物跡などが確認されている。
- 建物はいつのもの?
- 天守・櫓・門などの城郭建造物は現存していない。発掘調査では鐘撞堂山地区や搦目山地区で中世の建物跡が確認されている。城跡北側の「感忠銘」は文化4年(1807)に岩塊へ刻まれた磨崖碑で、城郭建築ではない。
HERITAGE
文化財として残るもの
- 指定されているもの
- 国指定史跡「白川城跡」。平成28年(2016)10月3日指定、指定面積366,597.43平方メートル。国指定前の昭和28年(1953)には福島県指定史跡となっていた。
SOURCES
出典元
- 国指定文化財等データベース 白川城跡
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運営者:文化庁
最終確認日:2026年9月17日
- 白川城跡〖しらかわじょうあと〗
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運営者:白河市
最終確認日:2026年9月17日
- 白河市の国指定・国認定・国登録・県指定文化財一覧
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運営者:白河市
最終確認日:2026年9月17日
- 画像:officeshema
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最終確認日:2026年9月17日