CASTLE / HISTORIC SITE
姫路城
兵庫県姫路市の姫山にそびえる姫路城は、池田輝政が17世紀初頭に大改築した連立式天守群を中心に、江戸初期の城郭建築をまとまって今に伝える平山城です。大天守と3つの小天守、渡櫓4棟は国宝で、1993年には法隆寺地域の仏教建造物とともに日本で最初の世界文化遺産の一つに登録されました。
INFORMATION
基本情報
- 所在地
- 兵庫県姫路市
- 種別
- 城
- 推定築城年代
- 1333年に赤松則村が砦を築き、1346年に赤松貞範が本格的な城を築いたとされる。現在につながる大規模改築は1601年〜1609年に池田輝政が実施。
- 築城者
- 赤松則村・赤松貞範(中世の築城)、羽柴秀吉(戦国期の改修)、池田輝政(1601年〜1609年の大改築)
- 現況
- 現存建造物あり
STORY
城の歩み
- 主な城主
- 羽柴秀吉、池田氏、本多氏、松平氏、榊原氏、酒井氏など
- 城の姿を変えた主な改修
- 慶長6年(1601年)〜慶長14年(1609年)に池田輝政が大改築。元和3年(1617年)以降、本多忠政が三の丸・西の丸などを増築。昭和31年(1956年)〜昭和39年(1964年)に昭和の大修理、平成21年(2009年)〜平成27年(2015年)に大天守保存修理。
- 廃城・役目を終えた時期
- 明治2年(1869年)の版籍奉還後に国有となった。公式資料では単一の「廃城年月日」は確認できない。
HISTORY
お城の歴史
- 本文
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姫路城の起源は中世にさかのぼり、姫路市の公式年表では1333年に赤松則村が姫山に砦を築き、1346年に赤松貞範が本格的な城を築いたとされています。戦国時代の1580年には羽柴秀吉が城に入り、三層の天守を築きました。
関ヶ原の戦い後に城主となった池田輝政は、1601年から大規模な改築を始め、1609年に現在へつながる連立式天守を完成させます。1617年に本多忠政が入城すると、三の丸や西の丸などが増築され、城郭の全容が整いました。
明治維新後は城の存続が危ぶまれましたが、建造物は保存され、1956年から1964年には昭和の大修理が行われました。1993年には世界文化遺産に登録され、2009年から2015年には大天守の保存修理も実施されています。
現在は国宝8棟と重要文化財74棟をはじめ、石垣や堀なども含めて、17世紀初頭の日本の城郭構造を立体的に見ることができます。また、天守群だけでなく、城内には多くの櫓・門・土塀が残っており、姫路城が単独の天守ではなく、防御の仕組みを備えた巨大な城郭だったことが分かります。
こうした建造物と石垣・堀が一体で残る点が、姫路城を現地で歩く面白さにつながっています。
WHAT REMAINS
いま残る城の姿
- 今も残っているもの
- 大天守、乾小天守、西小天守、東小天守、渡櫓、櫓、門、土塀、石垣、堀、曲輪など。
- 建物はいつのもの?
- 現存。大天守・3小天守・渡櫓4棟の計8棟が国宝で、櫓・門・土塀など74棟が重要文化財として残る。
HERITAGE
文化財として残るもの
- 指定されているもの
- 世界文化遺産(1993年登録。構成資産107ha、緩衝地帯143ha)。国指定特別史跡。大天守・3小天守・渡櫓4棟の8棟が国宝、櫓・門・土塀など74棟が重要文化財。世界遺産区域と特別史跡指定区域は同一範囲として扱わない。
SOURCES
出典元
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姫路城の歴史
姫路市
最終確認日:2026年8月8日
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世界文化遺産・国宝姫路城
姫路市
最終確認日:2026年8月8日
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日本100名城®一覧
公益財団法人日本城郭協会
最終確認日:2026年8月8日
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画像:nobu3withfoxy
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Wikimedia Commons
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CC BY 2.0
/ 表示用にトリミング・リサイズしています
最終確認日:2026年8月9日