CASTLE / HISTORIC SITE
仙台城
宮城県仙台市の仙台城は、伊達政宗が1600年に縄張りを行い、翌1601年から築城を進めた仙台藩の城です。広瀬川の断崖や青葉山の地形を守りに生かした本丸と、二代藩主忠宗が山麓に築いた二の丸からなり、建物を失った現在も石垣や大広間跡から政宗の城づくりをたどれます。
INFORMATION
基本情報
- 所在地
- 宮城県仙台市青葉区
- 種別
- 城
- 推定築城年代
- 慶長5年(1600年)12月に縄張り、慶長6年(1601年)1月に普請開始。慶長7年(1602年)に一応の完成。
- 築城者
- 伊達政宗。二代藩主・伊達忠宗が山麓部に二の丸を造営しました。
- 現況
- 国指定史跡。主要建造物の多くは失われましたが、本丸北壁石垣、大広間跡、曲輪・堀などが残り、発掘・保存整備が進められています。
STORY
城の歩み
- 主な城主
- 伊達政宗以後の仙台藩伊達氏。
- 城の姿を変えた主な改修
- 政宗が本丸、忠宗が二の丸を造営。近現代には本丸石垣の修復・発掘が行われ、現在は2036年までの大手門復元を目標に整備事業が進んでいます。
- 廃城・役目を終えた時期
- 明治4年(1871年)以後は明治政府の管轄となり二の丸に軍施設が置かれました。明治15年(1882年)の火災と昭和20年(1945年)の仙台空襲などで主要建築を失いました。
HISTORY
お城の歴史
- 本文
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仙台城は、関ヶ原の戦い直後の慶長5年(1600年)12月、伊達政宗が千代を仙台と改めて城の縄張りを行ったことから本格的に始まります。翌慶長6年(1601年)1月に普請へ着手し、慶長7年(1602年)には一応の完成をみたとされています。本丸は東を広瀬川の断崖、西を御裏林、南を竜ノ口渓谷に囲まれ、自然地形を巧みに防御へ取り込んだ山城でした。慶長15年(1610年)には本丸に豪壮な大広間が完成し、仙台藩主の政治・儀礼の舞台となります。
政宗の死後、二代藩主伊達忠宗は山麓部に二の丸を造営し、寛永16年(1639年)以後は二の丸が幕末まで藩政の中心となりました。明治維新後は軍用地となり、1882年の火災や1945年の仙台空襲などで主要建造物を失います。
一方、本丸の石垣や大広間跡などは残り、1997年以降の石垣修復と発掘調査によって築城期の姿が明らかになってきました。平成15年(2003年)には国の史跡に指定され、現在は保存整備と調査が続いています。さらに仙台市は、政宗没後400年となる2036年までの大手門復元を目指しており、城跡の歴史を調べながら失われた正門を再現する新たな段階に入っています。
WHAT REMAINS
いま残る城の姿
- 今も残っているもの
- 本丸北壁石垣、本丸大広間跡、曲輪、堀、城郭地形など。
- 建物はいつのもの?
- 江戸時代の主要城郭建造物はほぼ失われています。現在の大手門脇櫓は戦後の再建で、大手門は2036年までの復元を目標に事業が進行中です。
HERITAGE
文化財として残るもの
- 指定されているもの
- 国指定史跡「仙台城跡」。一部は天然記念物「青葉山」と重複して指定されています。
SOURCES
出典元
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仙台城の紹介-仙台城について-
仙台市
最終確認日:2026年8月9日
-
大手門復元整備事業について
仙台市
最終確認日:2026年8月9日
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日本100名城®一覧
公益財団法人日本城郭協会
最終確認日:2026年8月9日
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画像:掬茶
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Wikimedia Commons
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CC BY-SA 4.0
/ 表示用にトリミング・リサイズしています
最終確認日:2026年8月9日