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日本100名城

白河小峰城

福島県白河市の白河小峰城は、14世紀半ばの白河結城氏の城を起点に、丹羽長重が17世紀前半に総石垣の近世城郭へ大きく造り替えた平山城です。戊辰戦争で建物を失いましたが、発掘調査と江戸時代の絵図をもとに三重櫓と前御門が木造復元され、現在は清水門の復元も進んでいます。

福島県白河市の白河小峰城。木造復元された三重櫓

INFORMATION

基本情報

所在地
福島県白河市
種別
推定築城年代
14世紀半ばに白河結城氏の結城親朝が築いたことに始まるとされ、寛永4年(1627年)から丹羽長重が大改修。寛永9年(1632年)に近世城郭として完成。
築城者
結城親朝(中世の成立)、丹羽長重(近世城郭への大改修)。
現況
国指定史跡。石垣・曲輪などが残り、三重櫓と前御門は史資料と発掘成果に基づく木造復元。清水門も復元工事中です。

STORY

城の歩み

主な城主
白河結城氏、丹羽氏、榊原氏、本多氏、松平諸家、阿部氏など。
城の姿を変えた主な改修
丹羽長重が1627年から約4年をかけて本丸・二之丸を総石垣とする大改修を実施。1991年に三重櫓、1994年に前御門を木造復元。現在は清水門の復元工事が進み、2027年3月の完了予定です。
廃城・役目を終えた時期
慶応4年(1868年)の戊辰戦争・白河口の戦いで城郭建造物が焼失し落城。明治以降は払い下げや鉄道敷設などで城域の利用が変化しました。

HISTORY

お城の歴史

本文
白河小峰城の成立は、白河市の公式資料では興国・正平年間(1340〜1369年)ごろ、白河結城氏の結城親朝が築いたことに始まるとされています。戦国期までに白河結城氏の本拠となり、その後は蒲生氏、上杉氏など会津領主の支城として使われました。寛永4年(1627年)に初代白河藩主となった丹羽長重は城郭の大改修に着手し、約4年をかけて寛永9年(1632年)に完成させます。本丸・二之丸を総石垣で固め、三之丸の門周辺にも石垣を多用した梯郭式平山城となり、現在の小峰城につながる姿が整いました。

その後は榊原、本多、松平、阿部などの譜代・親藩大名が城主を務め、奥州の要衝として機能します。慶応4年(1868年)の戊辰戦争では白河口の戦いの舞台となり、城郭建造物は焼失して落城しました。明治以降は城域の多くが別用途へ変わりましたが、昭和後期から保存整備が本格化します。

1991年に三重櫓、1994年に前御門が、発掘成果と1808年成立の「白河城御櫓絵図」をもとに木造で復元されました。現在は本丸入口にあたる清水門の復元も進められ、2027年3月の完成を予定しています。現地では、江戸期の石垣と現代の史資料に基づく復元建物を分けて見ることで、失われた城をどのように調べ、伝えているのかまで感じられます。

WHAT REMAINS

いま残る城の姿

今も残っているもの
本丸・二之丸を中心とする曲輪、石垣、堀跡など。
建物はいつのもの?
三重櫓は1991年、前御門は1994年に、発掘調査と文化5年(1808年)の「白河城御櫓絵図」をもとに木造復元。江戸時代の現存建造物ではありません。清水門は復元工事中です。

HERITAGE

文化財として残るもの

指定されているもの
国指定史跡「小峰城跡」。

SOURCES

出典元

  • 小峰城跡【こみねじょうあと】

    白河市

    最終確認日:2026年8月9日

  • 小峰城跡清水門を復元しています

    白河市

    最終確認日:2026年8月9日

  • 日本100名城®一覧

    公益財団法人日本城郭協会

    最終確認日:2026年8月9日

  • 画像:baku13 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.1 Japan / 表示用にトリミング・リサイズしています

    最終確認日:2026年8月9日

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