CASTLE / HISTORIC SITE
熊本城
熊本城は、熊本市中心部の茶臼山に加藤清正が築いた近世城郭です。力強い石垣と複雑な縄張りを備え、宇土櫓など江戸時代から残る建造物と復元天守が共存し、現在も震災からの復旧が続いています。
INFORMATION
基本情報
- 種別
- 城
- 名城選定
- 日本100名城
- 推定築城年代
- 新城の築城着手は慶長4(1599)年ごろとする見方と、慶長6(1601)年起工とする記録があり、慶長12(1607)年に完成。
- 築城者
- 加藤清正
- 現況
- 城郭・城跡。天守閣などを公開しながら、平成28(2016)年熊本地震で被災した石垣や重要文化財建造物などの復旧工事が続いている。
STORY
城の歩み
- 主な城主
- 加藤清正・加藤忠広、細川忠利以降の細川氏
- 城の姿を変えた主な改修
- 近世城郭としての基本形は加藤清正による新城築造で形成された。明治期に多くの建物を失った後、昭和35(1960)年に大小天守を鉄骨鉄筋コンクリート造で外観復元。平成10(1998)年から復元整備事業が進められ、平成20(2008)年に本丸御殿大広間を復元した。平成28(2016)年の熊本地震後は文化財建造物や石垣の復旧が進められている。
- 廃城・役目を終えた時期
- 明治4(1871)年の廃藩置県により藩城としての役割を終え、その後は陸軍の軍用地となった。明治10(1877)年の西南戦争直前の火災では天守・本丸御殿など主要建造物が焼失した。
HISTORY
お城の歴史
加藤清正は天正16(1588)年に肥後へ入り、従来の隈本城を拠点としたのち、茶臼山に新たな城郭の築造を進めました。新城の着手時期には慶長4(1599)年ごろとする見方と、慶長6(1601)年起工とする記録があり、慶長12(1607)年に熊本城が完成しました。寛永9(1632)年に加藤忠広が改易されると細川忠利が入城し、以後は細川氏の居城として明治維新まで続きます。明治4(1871)年の廃藩置県後は軍用地となり、明治10(1877)年の西南戦争直前の火災で天守や本丸御殿などを焼失しました。昭和35(1960)年に大小天守が外観復元され、平成20(2008)年には本丸御殿大広間を復元。平成28(2016)年の熊本地震では石垣や建造物が大きく被災し、天守閣は令和3(2021)年に復旧しましたが、城内では現在も文化財の復旧が続いています。
WHAT REMAINS
いま残る城の姿
- 今も残っているもの
- 宇土櫓、不開門、長塀をはじめとする国指定重要文化財13棟、石垣、堀、曲輪などが残る。
- 建物はいつのもの?
- 宇土櫓など13棟は江戸時代から残る現存建造物。現在の大小天守は昭和35(1960)年に鉄骨鉄筋コンクリート造で外観復元され、平成28(2016)年熊本地震後の復旧を経て令和3(2021)年に天守閣の復旧が完了した。本丸御殿大広間は平成20(2008)年の復元建造物で、熊本地震による被害を受けている。
HERITAGE
文化財として残るもの
- 指定されているもの
- 城跡は国指定特別史跡「熊本城跡」。昭和8(1933)年に史跡指定、昭和30(1955)年に特別史跡となった。宇土櫓、不開門、長塀など13棟は国指定重要文化財「熊本城」で、昭和8(1933)年に国宝指定を受け、文化財保護法施行後に重要文化財となった。
SOURCES
出典元
- 国指定文化財等データベース「熊本城 宇土櫓」
-
運営者:文化庁
最終確認日:2026年9月18日
- 国指定文化財等データベース「熊本城跡」
-
運営者:文化庁
最終確認日:2026年9月18日
- 日本100名城®一覧
-
運営者:公益財団法人日本城郭協会
最終確認日:2026年9月18日
- 熊本城の歴史
-
運営者:熊本市
最終確認日:2026年9月18日
- 熊本城復旧基本計画を改定しました
-
運営者:熊本市
最終確認日:2026年9月18日
- 熊本城紹介
-
運営者:熊本市
最終確認日:2026年9月18日
- 重要文化財 熊本城
-
運営者:熊本市
最終確認日:2026年9月18日