CASTLE / HISTORIC SITE
二曲城
二曲城は、石川県白山市出合町の標高約268メートルの独立峰に築かれた中世山城です。白山麓の一向一揆勢の拠点の一つとして鳥越城と連携し、現在は曲輪や土塁、堀切などの遺構が残る国指定史跡です。
INFORMATION
基本情報
- 種別
- 城
- 推定築城年代
- 築城年代は不明。戦国時代には城として存在し、天文11(1542)年の史料にみえる二曲(鈴木)右京進との関係が確認されている。
- 築城者
- 築城者は不明。二曲(鈴木)右京進の城とされ、のちに鈴木出羽守ら白山麓の一向一揆勢と深く関わった。
- 現況
- 城跡。標高約268メートルの独立峰上にあり、史跡公園として主郭などの一部が整備・部分復原されている。平成16~21(2004~2009)年の発掘調査で一の曲輪から五の曲輪までの遺構が確認された。
STORY
城の歩み
- 主な城主
- 二曲(鈴木)右京進、鈴木出羽守ら白山麓の一向一揆勢
- 城の姿を変えた主な改修
- 発掘調査では曲輪や土塁に複数段階の造成・改修痕跡が確認されており、戦国期に城域や防御施設が改変されたと考えられる。ただし、具体的な改修年代や主体は確定していない。
- 廃城・役目を終えた時期
- 天正8(1580)年に織田方の攻勢で鳥越城とともに落城。その後、一揆勢による奪回と再度の鎮圧を経て、天正10(1582)年にはすでに廃城となっていたとされる。
HISTORY
お城の歴史
二曲城は、白山市出合町で大日川を挟んで鳥越城と向かい合う山城です。詳しい築城年代や築城者は明らかではありませんが、二曲(鈴木)右京進の城とされ、天文11(1542)年には右京進が大坂本願寺で親の法要を営んだ記録があります。その後、白山麓本願寺門徒を率いた鈴木出羽守らの勢力下で、鳥越城とともに一向一揆の拠点となりました。天正8(1580)年に織田方の攻勢で落城した後、翌年には一揆勢が城を奪回しましたが再び鎮圧され、天正10(1582)年にはすでに廃城となっていたと考えられています。平成16~21(2004~2009)年の発掘調査では一の曲輪から五の曲輪までの遺構が確認され、現在は史跡公園として主郭などの一部が整備されています。
WHAT REMAINS
いま残る城の姿
- 今も残っているもの
- 一の曲輪から五の曲輪までの曲輪、土塁、堀切、竪堀、通路跡などが残る。主郭の発掘調査では掘立柱建物跡や地下式カマド、石列なども確認されている。
- 建物はいつのもの?
- 中世の城郭建造物は現存せず、建物の復元も行われていない。現在は主郭をはじめとする曲輪や土塁などの遺構が保存され、一部が史跡公園として部分復原・整備されている。
HERITAGE
文化財として残るもの
- 指定されているもの
- 国指定史跡「鳥越城跡 附 二曲城跡」。昭和60(1985)年9月3日指定。
SOURCES
出典元
- 七尾城跡・鳥越城跡附二曲城跡
-
運営者:石川県
最終確認日:2026年9月19日
- 二曲城
-
運営者:白山市立鳥越一向一揆歴史館
最終確認日:2026年9月19日
- 史跡鳥越城跡附二曲城跡
-
運営者:白山市
最終確認日:2026年9月19日
- 周辺の見どころ 国指定史跡 二曲城 主郭跡
-
運営者:白山市立鳥越一向一揆歴史館
最終確認日:2026年9月19日
- 国指定文化財等データベース「鳥越城跡 附 二曲城跡」
-
運営者:文化庁
最終確認日:2026年9月19日