CASTLE / HISTORIC SITE

日本100名城

掛川城

静岡県掛川市の掛川城は、今川氏が朝比奈氏に命じて築かせ、天正18年(1590年)に入城した山内一豊が近世城郭へ大きく整えた平山城です。現在は平成6年(1994年)に日本初の「本格木造天守閣」として復元された天守と、江戸末期に再建された国重要文化財の掛川城御殿が並びます。

静岡県掛川市の掛川城。1994年に木造復元された天守

INFORMATION

基本情報

所在地
静岡県掛川市
種別
推定築城年代
室町時代に今川氏が朝比奈氏に命じて築城。天正18年(1590年)に山内一豊が入城して近世城郭へ大きく整備し、明治維新後に廃城となりました。
築城者
今川氏の命を受けた朝比奈氏が築城・整備し、天正18年(1590年)以後に山内一豊が大規模な城郭改修を行いました。
現況
国重要文化財の掛川城御殿と市指定文化財の太鼓櫓が現存し、天守は平成6年(1994年)に木造で復元されています。三日月堀などの城郭遺構も確認できます。

STORY

城の歩み

主な城主
朝比奈氏、山内氏、松平氏、本多氏、井伊氏、小笠原氏、太田氏など。
城の姿を変えた主な改修
天正18年(1590年)以後に山内一豊が天守・大手門を備える近世城郭へ大規模改修。平成6年(1994年)に天守、平成7年(1995年)に大手門が木造復元されました。
廃城・役目を終えた時期
明治維新後に廃城となり、天守など多くの建物が失われました。二の丸御殿や太鼓櫓など一部の建造物は保存されました。

HISTORY

お城の歴史

本文
掛川城は、室町時代に駿河の今川氏が遠江への進出を進める中、家臣の朝比奈氏に命じて築かせたことに始まるとされています。永禄11年(1568年)に徳川家康が今川氏真の籠もる掛川城を攻め、約半年の攻防を経て開城しました。

天正18年(1590年)に山内一豊が入城すると、城郭の大規模な修築を行い、天守や大手門を備えた近世城郭として整え、城下町の形成も進めました。その後は複数の譜代大名が城主を務め、江戸時代を通じて掛川藩の政庁として使われました。

嘉永7年(1854年)の地震で御殿などが大きな被害を受け、現在残る二の丸御殿は安政2年(1855年)から文久元年(1861年)にかけて再建されたものです。明治維新後に廃城となり、天守など多くの建物は失われましたが、御殿や太鼓櫓など一部の建造物は残されました。

平成6年(1994年)には天守が日本初の「本格木造天守閣」として復元され、翌年には大手門も木造で復元されています。現在は国重要文化財の掛川城御殿、市指定文化財の太鼓櫓、復元天守や堀などを通して、戦国期から幕末までの城の変遷を見ることができます。

WHAT REMAINS

いま残る城の姿

今も残っているもの
掛川城御殿、太鼓櫓、三日月堀など。御殿は江戸末期の再建建造物が現存します。
建物はいつのもの?
掛川城御殿は安政2年(1855年)から文久元年(1861年)に再建された現存建造物。太鼓櫓も1854年の地震後に再建された現存建造物。天守は1994年の木造復元です。

HERITAGE

文化財として残るもの

指定されているもの
国重要文化財「掛川城御殿」(昭和55年・1980年指定)。掛川城太鼓櫓は掛川市指定文化財(昭和35年・1960年指定)。

SOURCES

出典元

  • 掛川城

    掛川市

    最終確認日:2026年8月9日

  • 掛川城御殿

    掛川市

    最終確認日:2026年8月9日

  • 日本100名城®一覧

    公益財団法人日本城郭協会

    最終確認日:2026年8月9日

  • 画像:Dandy1022 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0 / 表示用にトリミング・リサイズしています

    最終確認日:2026年8月9日

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