CASTLE / HISTORIC SITE
小倉城跡
小倉城跡は、埼玉県比企郡のときがわ町・嵐山町・小川町にまたがる戦国時代の山城跡です。槻川沿いの要害に築かれ、郭や土塁、堀切、虎口に加え、関東では珍しい大規模な石積み遺構が良好に残っています。
INFORMATION
基本情報
- 種別
- 城
- 推定築城年代
- 築城年代は不明。戦国時代に築かれ、使用された山城と確認されている。
- 築城者
- 不明。同時代の確実な文書は確認されておらず、後世の地誌では小田原北条氏の重臣遠山氏、または松山城主上田氏との関係が伝えられている。
- 現況
- 山城跡。郭1から郭5を中心とする曲輪群、土塁、虎口、堀切、竪堀、石積みなどが残り、史跡として保存・整備されている。
STORY
城の歩み
- 主な城主
- 遠山氏または上田氏との関係が伝えられるが、同時代史料による城主の確定には至っていない。
- 城の姿を変えた主な改修
- 改修年代や主体は確定していない。城内では郭3を囲む最大高約5メートル・総延長120メートル余りの石積み、郭1土塁内側の雛壇状石積み、東腰郭の石積みなど、大規模な普請の痕跡が確認されている。
HISTORY
お城の歴史
小倉城跡は、外秩父の山地と関東平野の境に位置し、蛇行する槻川と山地の地形を取り込んで築かれた戦国時代の山城です。築城年代や築城者を確定できる同時代史料は見つかっておらず、江戸時代の地誌には小田原北条氏の重臣である遠山氏、または松山城主の上田氏との関係が伝えられています。城内は本郭にあたる郭1を中心に複数の郭、土塁、虎口、堀切、竪堀などを組み合わせた複雑な構造を持ちます。発掘調査では郭3を囲む総延長120メートル余りの石積みや、郭1の雛壇状の石積み、建物跡、門跡などが確認されました。平成20(2008)年には「比企城館跡群」の一つとして国の史跡に指定されています。
WHAT REMAINS
いま残る城の姿
- 今も残っているもの
- 郭1・郭2・郭3・郭4・郭5などの曲輪、土塁、虎口、大堀切、二重堀切、竪堀、連続竪堀、櫓台、石積みが残る。発掘調査では建物跡や門跡も確認されている。
- 建物はいつのもの?
- 戦国時代の城郭建造物は現存しない。現在は郭、土塁、堀切、虎口、石積みなどの遺構が中心で、発掘調査によって建物跡や門跡が確認されている。
HERITAGE
文化財として残るもの
- 指定されているもの
- 国指定史跡「比企城館跡群 菅谷館跡 松山城跡 杉山城跡 小倉城跡」の構成資産。小倉城跡は平成20(2008)年3月28日に国の史跡に指定された。
SOURCES
出典元
- 国指定史跡 小倉城跡
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運営者:ときがわ町
最終確認日:2026年9月27日
- 国指定文化財
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運営者:ときがわ町
最終確認日:2026年9月27日
- 国指定文化財等データベース「比企城館跡群 菅谷館跡 松山城跡 杉山城跡 小倉城跡」
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運営者:文化庁
最終確認日:2026年9月27日
- 小倉城跡の整備状況
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運営者:ときがわ町
最終確認日:2026年9月27日
- 比企地域の観光スポット
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運営者:埼玉県
最終確認日:2026年9月27日